1.虐待とその影響

 

最近メディアでは、何かと凶悪犯罪が起こるにつけて、犯罪心理学者による容
疑者の家庭環境の分析を取り上げる事が多い。特に、容疑者が児童虐待を受け
ていた場合は「虐待こそが、犯罪を誘発した元凶だ。」と言わんばかりに取り
立てる。それでは幼児期にうけた虐待は、被容疑者の将来に対してどのような
影響を及ぼすのだろうか?
 
 虐待は主に身体的暴力・性的暴力・心理的暴力の三種類に大別される。これら
の虐待は子供の心身ともに悪影響を及ぼす。殴る・蹴る・性的搾取といった直
接的な虐待による被害で、発育不全や知的遅れな止めに見える形ですぐに症状
があらわれる傷と共に、目に見えない形でジワジワと影響を及ぼす傷とがある。
心におった傷はすぐに目立った影響を及ぼさないが、将来的に深刻な影響を及
ぼす。なぜ、心理的な虐待が、より大きな影響を及ぼすのだろうか?
 
 発達心理学的よれば、人は身近にある「愛着を持てる人とのつながり」を精神
的な基盤として、社会への働きかけを行う。その身近な存在こそが親であり家
族である。その信頼を核に、様々な切り貼りを繰り返しながら、自我を構築し、
対人関係・社会交流を拡大していく。しかし、肝心の「身近な存在」が愛着を
持てる場所として上手く機能しなかった場合、基盤となる自我が根付かずアイ
デンティティ―を上手く構築できなくなるのだ。
 
普段私達が日常生活において、何か問題や困難にぶつかった場合、誰かに相談
したり,忘れてみたり、納得のいく理由を考える事で、自分の思考を納得させて
解決を図る。しかしながら、まだまだ未熟で相対的・客観的な判断力を持たな
い子供は克服困難な問題を無理やりに飲み込んで、歪んだ形で決着をつけてし
まう。社会的な弱者として環境に依存している間には、大きな影響が現れない。
それゆえ、問題の発見は遅れ事態は悪化する。内包された「問題」は子供の中
で開かれる事なく、くすぶりつづけ、やがて憂鬱・無気力・低い自尊心・非行
といった形で表面化される。子供は社会的に負のレッテルを貼られてしまう。
 やがて、アイデンティティーを確立させる青年期になると、内在されつづけ
た「問題」は際立ち始める。青年期は、価値観が大きく変る時である。これま
で周りの環境から与えられる尺度で社会に対峙していた立場から、自我による
尺度で社会参加を行う事を余儀なくされる。 この時点で、上手く自我を立て
られなかった者は溺れてしまう事になる。 このように、内なる問題を取り繕
いつづけられなくなった人は多重性人格障害、脅迫性障害といった様々な精神
的なトラブルをきたすようになる。
 
これらの症状は複雑性PTSDとよばれる。主なPTSD患者としては災害・
事故・戦争の体験者、近親者を失った人など、精神的に非常に大きなストレス
を受けた人があげられる。つまり、幼児期に虐待去れて育った子供は、これら
の人と同様に精神的に大きなダメージを受ける事になるのだ。
 
「愛を下さい」と子供は言わない。無力な子供にとって守ってくれる家庭は全
てで、親からの無条件の愛は当然与えられる物として、期待されているからだ。
身体に負う傷の痛みは一度である。しかし心に傷を負ったものはその痛みを知
られる事無く抱えたままに、歩きつづける事になる。壊れた身体で歪んだ道を。

 

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