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冬の旅

ヴィルヘルム・ミュラー作詞
フランツ・シューベルト作曲
『冬の旅』
作曲:1827年2月(1-12)
   1827年10月(13-24)



1. おやすみ

よそ者としてやってきた私は、
またよそ者として去ってゆく。
五月は僕に親切で
いろいろな花束を贈ってくれた。
少女は愛していると言ってくれたし、
その母は結婚のことまで口にした −
ところがいま世の中すべてが陰鬱で、
道は雪に隠れて先が見えない。

いつ旅に出ようかと
時をえり好みしているいとまはない。
自分で道を探さねばならない、
こんなに暗いのに。
月の照らす影法師だけが
僕の旅についてくる。
白く広がる雪の野に
けものの足跡をたどってゆこう。

どうしてこれ以上とどまれようか、
どうせ僕は追いだされてしまうのだから。
狂った大どもは吠えるがよい、
やつらの主人の家の前で!
愛はさすらいを好むもの、
神が愛をそういうものに定めたもうたのだ。
ひとりの人から別の人へと、
愛しい人よ、おやすみ。

君が見ている夢を妨げはしない、
やすんでいるじゃまをするに値しない僕だから。
足音が君に聞こえてはいけないから、
そっと、そっと扉を閉めて。
通りがかりに門に書く、
君に「おやすみ」と。
君が目覚めたときにわかるように、
君のことを想っていたことが。




2. 風見の旗

気まぐれ風が風見の旗にたわむれている、
僕のすてきなあの子の家の家根で。
それだけで僕は物狂おしく考えてしまう、
あのピューピューは、僕をあざけり追い出す口笛なのかと。

もっと早く気がつくべきだったのだ、
家に掲げられたそのしるしに。
そうすれば、決してその家に、
誠実な女性の姿を求めたりしなかったろう。

気まぐれ風は家の中では人の心にたわむれている、
屋根の上のように、ただあからさまな音をたてないだけだ。
あの人たちには僕の苦しみなどなんでもないのだ。
お嬢様は、お金持ちの花嫁なのだからね。




3. 凍った涙

こごえたしずくが
頬をつたって落ちる。
私は知らなかったのか、
自分が泣いていたことを?

ああ、涙、私の涙よ、
どうしてこんなに生ぬるいのだ、
つめたい朝の露のように
氷となってこごえてしまうなんて?

胸の泉から湧き出た時は
あんなに熱くにえたぎっていたのに −
世界中の冬の氷を
溶かしつくそうとでもするように!




4. かじかみ

私はむなしく雪の中に
あのひとの足跡をさがし求める、
あのひとが私の腕につかまって
さまよい歩いたそのかみの緑の野で。

私は大地に口づけしよう、
なつかしい地面が現われるまで、
私の熱い涙で
雪と氷を溶かしつくそう。

花はどこにある?
緑の草はどこに?
花は朽ち果て、
芝草も枯れている −

思い出のよすがは
もはやここには残らないだろうか?
私の苦しみが沈黙してしまえば、
なにがあのひとのことを語るだろう?

私の胸は彼女の姿をつつんで
固くつめたく凍りついている。
いつかこの心が溶けることがあれば
あのひとの面影も流れ去るのだ。




5. 菩提樹

市門の前の泉のほとりに
一本の菩提樹が立っている、
その枝かげで私は夢みた、
数々の甘い夢を。

私は、その幹に
数々の好ましい言葉を刻んだ、
うれしい時も、悲しい時も、
私の心はその樹のもとにひかれた。

私は今日も深い夜のさなかに
その傍を通らねばならなかった、
暗闇の中であったけれど、
私はじっと眼をつぶった。

すると、私に呼ぴかけるように
枝がさやさやと音を立てた、
「友よ、私のところへおいで、
ここにお前の安らいがある」と。

つめたい風が真向から
私の顔を吹きつけ、
頭から帽子が吹きとんだが、
私はふり向こうともしなかった。

いま、私のあの場所から
ずいぶん遠ざかっているのだが、
それでも私は絶え間なく聞くのだ、
「あそこに安らいがある」とささやく声を。




6. あふれる涙

溢れ湧く涙が私の眼から
雪の上にしたたり落ちる、
つめたい雪片が、むさぼるように
熱い悲しみを飲みこんでゆく。

若草がもえ出ようとする頃には、
なま温かい春風が吹きわたり、
氷はわれて小さなかけらとなり、
淡雪は消えてしまうだろう。

雪よ、お前は私の願いを知っていよう −
とけて流れて、一体どこへ行くのだ?
私の涙に従って行くなら
まもなく小川に行きつくだろう。
小川とともに町なかを流れて
にぎやかな通りを出入りするときに、
私の涙が熱くたぎるのを感じたなら、
そこに私の恋人の家があるのだ。




7. 川の上で

陽気にさざめいて流れていた、
明るい、元気のよい小川よ、
なんだっておし黙ってしまったのだ、
別れの挨拶も告げようとしないで。

かたい凍った氷に
すっぽりと覆われ、
お前はつめたく身じろぎもせず
川底の砂にへばりついている。

お前を覆う氷に
尖った石で刻みつけよう、
いとしいひとの名と
あの日とあの時とを。

はじめて逢った日を
別れて去った日を −
その名とその日付とをしのばせるものは
いまはこわれてしまった指輪ひとつ ……

私の心よ、この川の中に
お前は自分の姿を見ないだろうか?
かたくとざされた表面の下で
川もまた沸きたぎっているのではないか?




8. かえりみ

氷と雪の上を歩いているというのに
私の足の裏は燃えるようだ。
町の塔が兄えなくなるまで、
私は息をつごうともしなかった。

石につまずきながら、ただひたすら
まちを逃れようと足を早めた。
家々の屋根から、私の帽子の上に
からすがつぶてやあられを投げつけた。

移り気な町よ、以前はなんと違った風に
私を迎え入れたことだろう!
お前の明るい窓辺では
雲雀や鶯が歌声をきそっていた。

たくましい菩提樹が花咲き、
清らかな泉が湧き出て、
ああ、つぶらな少女の瞳がもえていた!
それなのにふいになにもかもがご破算になってしまった、
町よ!

あの日のことが胸に帰ってくると、
私はもう一度ふりかえりたくなる、
もう一度あそこに足をひきずっていって
彼女の家の前に立ちつくしたくなる。




9. 鬼火

深い岩のさけ目に
鬼火が私を誘ってゆく、
出口を見つけ出すことなどは
もう私の心にはどうでもいい。

私は迷うことに慣れてしまった、
どの道もいずれは目的地に通じるのだ、
私たちの専びも、私たちの悩みも、
すべては鬼火のたわむれにすぎない。

水の涸れた岩のはぎまを
私は平静にたどりつづける、
流れがすべて海に達するように
悩みもいずれは墓場にたどりつくのだ。




10. 休息

ようやく私は自分の疲労に気づいて
からだを横たえて休むことにした、
さすらいの旅は、私を駆りたてて
けわしい道を歩みつづけさせて来た。

足は休息をのぞまなかった、
立ちどまるにはつめたすぎたから、
肩は荷の重さをまるで感じなかった、
嵐が加勢して私を吹きとばしてくれたから。

せま苦しい炭焼小屋にたどりついて
ようやく休息の場所を見つけたのだが、
私の手足はくつろぐどころか
その傷が一層うずき出してくる。

心よ、嵐と戦っていた時には
あんなにもがむしやらで勇敢だったお前までが
静けさの中では真先に、熱い針をもった虫げらが
自分の中でうごめくのを感じている!




11. 春の夢

私は夢みた、いろとりどりの花を、
五周の野に咲き誇っている姿さながらに、
私は夢みた、緑の野を、
たのしそうな小鳥のさえずりを。

やがて鶏の声をきいて
私はめざめた、
まわりはつめたく、闇につつまれて
屋根ではからすが鳴いていた。

だが、あの窓硝子に
木の葉を描いたのは誰であろう?
その人は夢見た者を笑っているだろうか?
冬のさなかに、花を見た者を?

私は夢みた、ただひたすら愛のことを、
美しい少女を、
もえる心を、くちづけを、
よろこびを、しあわせを。

やがて鶏の声をきいて
私の心がめざめた −
いま私はひとり、ここに坐り、
その夢のあとを追っている。

いま一度、眼をつぶると、
胸はまだ温かく高鳴っている。
窓の木の葉が緑するのは、いつ?
私が恋人を胸に抱くのは、いつ?

12. 孤独

もみの梢に
ものうく風の吹きわたるとき、
晴れやかな空の中を
力なく流れる雲のように −

私は私の道に
重たい足をひきずってゆく。
明るくたのしげな人の世を通って、
孤独に、挨拶をかわす人もなしに。

ああ、大気のなんというおだやかさ!
ああ、人の世のなんという明るさ!
嵐のすさぴ狂っていた時には
私はこんなにもみじめではなかった。




13. 郵便馬車

通りから郵便ラッパがひびいてくる、
何故そんなに躍り立つのだ、
私の心よ?

郵便馬車はお前に手紙など持って来はしない、
何故わけもなく高鳴るのだ、
私の心よ?

そう、郵便馬車はあの町から来た、
私の恋人の住む町から −
私の心よ!

郵便馬車の来た方をひと目見たいのか、
あの町の様子を聞きたいのか、
私の心よ?




14. 霜おく髪

霜が私の頭におりて
私の髪を真白に見せた、
私は自分が老人になったと思って、
どんなに喜んだことだろう。

しかし、それもつかの間に溶けて
再ぴもとの黒髪にかえってしまった、
私の若さが私を悲しませる、
墓場まで、まだなんと遠いことか!

ひと夜の中に頭が白くなった
多くの例があるということだが、
誰が信じよう、この長い旅路にも、
私の髪はそうならなかった。




15. からす

あのまちを出たときから
一羽のからすが私を追ってきた、
今日まで、いつも離れることなく
私の頭のまわりをとびまわっている。

からすよ、奇妙な奴だな、
私と別れたくはないのか?
まもなく、お前の獲物として
私の屍をついばもうというのか?

そう、杖を頼りの私の旅路も
そんなに長くは続かないだろう。
からすよ、墓場までついてきて、私の最後の日にも
かわらぬ誠実ぶりを私に示すがいい!




16. 最後の希望

ここかしこの木の枝に
まだ一枚の色づいた葉が残っている、
私は樹の前に足をとめて
しばしば物思いにふけったものだ。

私は私の希望をかけて
一枚の木の葉を見守る、
その葉に風がたわむれると
私は身も世もなく身体をおののかせる。

ああ、その葉が地上に落ちるなら、
それとともに看望も消え去るのだ、
私もまた大地に身を投げかけ、
私の希望の墓場で泣こう




17. 村にて

犬が吠え、鎖が鴫っている。
ひとはみな臥床にねむり、
自らの持たぬさまざまなものを夢に見、
よかれあしかれ、元気を恢復する。

朝になると、すべてのものは消え去る −
いまは人々は分相応にたのしみ、
分をこえたものは、また寝床の中で
見出せるようにと望むのだ。

家を守る犬よ、吠えて私を追え、
この眠りの時間に私を憩わせないでくれ!
私はすべての夢を見果てた −
眠っている人々の間で、なにをぐすぐすしていることがあろう?




18. 嵐の朝

荒れ狂う嵐が、天の灰色のとばりを
なんとすさまじく引き裂くことだろう!
力よわくさからいながら
ちぎれた雲が吹きとび、

その雲を縫って、
赤い炎がきらめく。
これをこそ私は呼ぼう、
私の心にびったりの朝、と!

私の心は、天に描かれた
おのれ自らの姿を見る
それこそは、つめたく荒々しい
冬以外のなにものでもない!




19. まぼろし

ひとすじの光が親しげに私の前で踊る、
私はその光をジグザグに追いかける、
進んでその光に従いながら、私は気づく、
それが旅人のまどわしであることを。
ああ、私のようにみじめな者は
そのとりどりの光の罠に喜んで身をゆだねる、
氷と夜と恐怖の彼方に
明るいあたたかい家を示し、
その中に愛らしい姿を見せてくれるものに −
まぼろしだけが私のただひとつの獲物なのだ!




20. 道しるべ

何故、私は他の旅人たちの行く
道を避けて、
雪に埋もれた岩山を通じる
人目につかない小道をさがすのだろう?

人目をはばからねばならないような
悪事をはたらいたおぼえもないのに、
どんなおろかしい願望が
私を荒野に追いやるのであろう?

道しるべが路傍に立っている、
行く手の町を指し示しながら −
そして私は果てしないさすらいを続ける、
憩いなく − 憩いを求めて。

私は見る、一本の道しるべが
私の眼の前にゆるぎなく立っているのを。
その道を私は行かなければならない、
誰ひとり帰って来た者のない、その道を。




21. 宿

私は私の道にしたがい、
とある墓地にたどりついた。
心ひそかに私は考えた、
一夜の泊りをここでしようと。

緑色のとむらいの花環は、
疲れた旅人を
つめたい宿屋に招く
看板である筈であった。

それでは、この家でも
室はみんなふさがっているというのか?
私は疲れ果てて倒れそうなのに、
私は傷ついて、息もたえだえなのに。

おお、つれない宿のあるじよ、
それでもお前は私を拒絶するのか?
それならば、更に旅を続けることにしよう、
私の忠実な旅の杖よ!




22. 勇気

雪が私の顔に吹きつけるなら
私はそれを払い落としてやろう、
胸の中で、心がなにかを告げたときは
明るく陽気に歌をうたってやろう。

心の語りかける声は聞くまい、
私は耳なしになってしまおう、
心の歎く声に胸いためまい、
歎きは患かな者のすること。

勇んで世の中に入っていってやろう、
風と嵐に真向から向って!
この地上に神がいまさぬなら、
私たちこそ神になろうじやないか!




23. 幻の太陽

私は大空に三つの太陽を見た、
長い間はっきりとそれを眺めていた、
それらはそこにしっかりととどまっていた、
まるで私から離れたくないとでもいうように。
ああ、お前たちは私の太陽ではない!
他の人々の顔を照らしてやるがいい!
ついこの間まで私も三つの太陽をもっていた、
一番いい二つはもう沈んでしまった。
あの三つ目の奴も沈んでさえくれれば!
闇の中にいる方が私はよっぽど快いだろう。




24. 辻音楽師

村はずれに、あそこのところに
ライエルをかなでるひとがいる、
凍えた指で
一生懸命ライエルをまわしている。

氷の上を、素足のままで
あちこちよろめくように歩いているが、
小さな盆の中は
いつまでも空っぽのままだ。

誰ひとり聞こうとはせず、
誰ひとり彼に眼もとめない、
その老人のまわりで
犬がうなっている。

しかし彼は一切のものを
成り行くままにまかせながら
ひたすらかなで続けていて、
ライエルの音は絶えることもない。

ふしぎな老人よ、
私はお前についてゆくことにしようか?
私の歌に、お前のライエルの
しらべをあわせてくれるだろうか?


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