哲学と専門科学

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『余録と補遺第２巻』第３章「知性一般について、
またそれに関係するさまざまな思想について」　第34節より
（白水社・ショーペンハウアー全集１２・哲学小品集Ⅲ　 73― 75ページ）

　しかしながら、他のだれにもまして哲学者は、その直観的認識という源泉から汲みとり、それゆえに事物そのもの、自然、世界、人生を直視し、書物ではなくこれらのものを自分の思想のテクストとし、さらにできあがったものとして伝えられたすべての概念をこれらに照らして吟味し調整すべきなのである。したがって、書物は認識の源泉としてではなく、たんに補助としてのみ利用するのでなければならない。というのは、書物が与えてくれるものは二番煎じのものでしかなく、しかも多くの場合すでになにほどか偽りを含んでいるからである。じっさい、書物の与えてくれるものは、原典たる世界の反映であり模写であるにすぎず、その鏡が完全に澄んでいることはめったにないのである。ところがこれとは異なり、自然、現実はけっして人を欺くことがない。自然こそまさにすべての真理をはじめて真理たらしめるものなのである。だから、哲学者は自然に学ばねばならない。しかも、彼の問題が生まれてくるのは、それの大きく明瞭な諸特性、主要な根本性格からなのである。したがって彼は、本質的な普遍的諸現象、どこにでもいつでもあるものをその考察の対象とすることになるであろう。そして特殊的・個別的で希にしかない、微視的な、あるいは一時的な現象は、物理学者や動物学者、歴史家、等々にまかせるであろう。彼が問題とするのはもっと重要な事物である。すなわち、世界の大きな全体、その本質、根本的な真理、これこそ彼の高い目標である。それゆえ、彼は同時に細部の隅々をほじくり返すようなことはやっていられない。高い山頂からあたりを見渡す人が、同時に下の谷間に生えている植物をしらべ規定することができないで、これはそこで植物を研究している人にゆだねるのと同じことである。 ― 自分の全力を一つの専門の学問に捧げるには、この学問への大きな愛がなければならないのはもちろんだが、他のすべての学問への大きな無関心も必要である。なぜなら、これら他のすべての学問に無知のままでいるという条件によってのみ一つの専門の学問に没頭することができるからである。これは、一人の女と結婚する男が他のすべての女を断念するのと同じことである。それゆえ、第一級の精神の持ち主は決して一つの専門科学に身を捧げることはないであろう。彼らが大きく心にかけているのは全体への洞察であるからである。彼らは将軍であって中隊長ではなく、オーケストラの指揮者であって演奏者ではない。事物の総体から特定の一分枝である一つの分野だけを精細に、他の諸分野との関係において学び知り、他の一切は顧慮せずにいるというようなことで、どうして偉大な精神が満足を覚えるはずがあろうか。彼はむしろ、明らかに全体に向かっている。彼の思考は事物の総体、世界全般へと向けられており、そこにおけるなにものも彼に無縁であることはない。したがって彼は、一専門学科の微細な研究をきわめることでその一生を過ごすことはできないのである。

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