自然物の権利


ウェイン・H・ディヴィス『土地は生きなければならない』
Davis, W.H. 1972. The Land Must Live. Environment Action Bulletin 3 (July 15):4-5, 7 Reprinted by permission of Rodale's Environment Action Bulletin.

K・S・シュレイダー=フレチェット『倫理と自然物の権利』
Shrader-Frechette, K.S. Ethis and the Right of Natural Objects. Written especially for inclusion in the volume.


国広創、川本悠介
 人間は土地やその他の自然物を所有物と考えている。こうした考え方は現代になってなお顕著になってきている。所有物と考えられてきた自然にどのように違和感なく権利を認める事が出来るか、また人間は自然に対して義務を負っているのかという事を考察していきたいと思う。

ウェイン・H・ディヴィス

 科学技術の発達によって、大規模破壊が可能になり、それが現代では常識になってしまった。それらの破壊から著者は、二つのメッセージを発している。
1「もしあなたの生まれたての赤ん坊が将来川で魚釣りができるようにと望むのなら、今すぐ水質浄化闘争に参加した方がいい」
未来世代に目を向けることを示唆している。

2「地球は、私たちに交渉の余地のない要求をしているのだ」
 事態は差し迫っており、即座の行動が必要であることを示唆している。

 これらのメッセージを発した上で、環境問題の原因を「成長は進歩だという考え」に陥ってしまったことであるとし、それは費用と価値の違いについて根本的に誤解をしたためであるとした。土地の価値は、その周りの環境の質によって決定するが、費用は人々がどれほど求めるかによって決定する。その結果としてアメリカの都市では、価値と費用が逆転し、それによって本来価値のないものに、多額の費用がつぎ込まれるようになった。
 以上において著者は、土地の最高の価値は空き地である、としている。それは、近隣の人々がその土地を空き地のままにしておきたいと願うことによって明らかである。土地から、我々はすべての食料を得ているわけで、土地は人類すべてにとって価値のあるものである。その土地に対して私たちは、まだ土地倫理と言うものを持っていない。それに警告を発している。

結論
 人間は、人間だけで生きられるものではない。人間が食べるもののほとんどは土地から得たものである。人間もその他の動物も土地に育つ植物によって生きている。そのため、もし人間が生き残ろうとするのであれば、自然を保護して行かねばならない。人間が人間だけで存在することはできないことに築かねばならない。しかし、人間は現実に直面することを拒絶する。著者は、それに対して若い人たちが、生活の質の低下だけに関心があるのではなく、彼らがこの星で生き抜く見込みにも関心があるということに、一点の光を見ている。

評価
 自然の権利を認めるための倫理的、かつ法的な根拠は以下の理由により考察できる。自然に法的権利を認める事により、人間中心的な考えでない見解を採る事によって人類の未来に光を見出せるという理由。第二に自然が権利を持つ事を認める事によって、社会は今よりはより明瞭にその活動の全費用を知り得るという理由。(これは自然物が権利を侵害されるならば法的にその経済性の損失を立証する事は容易になるという事を意味する)第三に自然に権利を認める事により、様々なものを人間は人間以外の世界と共有しているという認識を持ち、人間と自然との間に共感と相互性を確立出来るようになり人間中心的考えから脱却できるという理由である。自然物の権利を認める事により、私たち人間の人格の成長と幸福を阻害する利己主義的、快楽主義的考えを除去でき優れた人間へと近づける。

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