原始仏教・般若心経

原始仏教・般若心経

「原始仏典」から
短編の経典「はじめの説法」
１．世尊のいう4つの真実とはなにか？また、それぞれ３重に合計12のかたちで説明したのは何故か？（P435下段L９～P437下段L11）

4つの真実
苦（苦諦）
苦の生起の原因（集諦）
苦の消滅（滅諦）
苦の消滅に進む道（道諦）
以上四つの真実を四聖諦とも四諦ともいう

苦（苦諦）
第1段階
（五）　
生、老、病、悲、嘆、苦、憂、悩、憎、離、欠、要するに、人生のすべてのもの―執着を起こすもとである五種類の物の集まり（五取蘊→P４７９）
（九）L１～4
とうとい真実としての苦とはこれであると、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。
第2段階
（九）L４～７
とうとい真実としての苦は知り尽くされなければならないと、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。
第3段階
（九）L８
とうとい真実としての苦は知り尽くされたと、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。

苦の生起の原因（集諦）
第1段階
（六）
迷いの生涯を繰返すもと。喜悦と欲情を伴って、至るところの対象に愛着する渇望
情欲的快楽欲求、個体存続欲求、権勢欲求
（一〇）
とうとい真実としての苦の生起の原因とはこれであると、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。
第2段階
（一〇）L4～６
とうとい真実としての苦の生起の原因は断ち捨てられなければならないと、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。
第３段階
（一〇）L７～９
とうとう真実としての苦の生起の原因はすでに断ち捨てられたと、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。

苦の消滅（滅諦）
第1段階
（七）
その渇望からすっかり離れること、すなわちそれの止滅である。それの棄捨であり、それの放棄であり、それから解放されることであり、それに対する執着を去ることである。
（十一）L１～３
とうとい真実としての苦の消滅とはこれであると、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。
第2段階
（十一）L３～11
とうとい真実としての苦の消滅は現実に体験されなければならないと、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。
第3段階
（十二）
とうとい真実としての苦の消滅はすでに体験されたと、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。

苦の消滅に進む道（道諦）
第1段階
（八）
八項目からなるとうとい道（八正道）
正しい見解、正しい思考、正しいことば、正しい行為、正しい暮らしぶり、正しい努力、正しい心くばり、正しい精神統一
（十三）L１０～１２
とうとい真実としての苦の消滅に進む道とはこれであると、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。
第2段階
（十三）L13～15
とうとい真実としての苦の消滅に進む道は実修されなければならないと、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。
第3段階
（十三）L16～L18
とうとい真実としての苦の消滅に進む道はすでに実修されたと、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直感が生じた。

　以上、ブッダは四つの真実について、それぞれ三重に、合計十二の形をもって観察している。ではなぜ、ブッダはこのような説明の形態をとったのか。（一四）より、三回にわたる合計十二の観察はそれらの真実をありのままに知見し、正しいさとりを開くために必要な過程であるといえる。またこれは、ブッダが、自らがさとりを開く際に踏んだステップでもあったともいえる。自らがさとりを開いた際の経験をそのまま比丘たちへ話して追体験させるような方法をブッダは目指したのではないだろうか。
　それでは、この四つの真実のそれぞれ三重、合計十二の形の観察はそれぞれどのように関連しあっているか。まず、ブッダが目指すことは、世俗的のものへの嫌悪・欲情から離れること・煩悩の消滅・心の静けさ・優れた知恵・ただしいさとり、涅槃といったものである。これを達成するためには我や人生に対する執着から離れる必要があり、そのためには我や人生すべてのものが苦であると知る必要があるのである。つぎに、ではなぜその苦が起こるかを考えなければならない（苦の生起の原因）。原因がわかったらそれを断ち捨てなければならない。断ち捨てたなら、苦は消滅するだろうが、どのように断ち捨てるかが問題になってくる。そして、苦の消滅に進むにはどうすればよいかが考えられなければならず（苦の消滅に進む道＝八正道）、それは実修されなければなならい。

１．中篇の経典「階級の平等」より
　ブッダが四階級が平等であることをアッサラーヤナに説明するために使った例えを挙げよ。（ｐ.４６４～４７０）
・波羅門たちの妻であり波羅門の血統をひく女性（P464下段L14～20）
月のもの、懐妊、出産、哺乳は他の人間と同様
また、波羅門も他の人間と同様に母胎から生まれる

・ヨーナとカンボージャのとその近隣諸国の身分関係（P465上段L４～８）
奴隷がのちに貴族になる場合がある

・十悪をする四階級それぞれの死後（P465上段L20～下段L10）
四つの階級のすべてがみな地獄に生まれる（P465下段L11～P466上段L７）
十悪：1.生物の命を奪う、2.取得すべきでないものを取得する、 3.よこしまに情欲を楽しむ、４.嘘をつく、5.中傷をする、 6.荒々しい言葉でののしる、7.つまらぬ噂話をする、8.貪欲である、9.憎しみの心を持つ、 10.誤った見解をいだく（P465注6)

・十悪をさける四階級それぞれの死後（P466上段L16～下段L５）
四つの階級のすべてがみな天の世界に生まれる（P466下段L６～L14）

・友愛の心（P466下段L18～P467上段L７）
四つの階級のすべてがみな友愛の心を養うことができる

・背を洗う道具や洗い粉をもって河へ行き、塵や垢を洗い落とす行為（P467 上段L11～L22）
四つの階級すべてがみなできる

・正式に即位式をおえた王が四階級におこさせる火の用（P467下段L３～ P468下段L６）
四つの階級のおこすすべての火はみな、火の光、色、輝きがあって、そのすべての火は火の用をなす

・王族の男子と波羅門の女子との間にできた子供（P468下段L10～L19）
・王族の女子と波羅門の男子との間にできた子供（L20～P469上段L８）
・牝馬と驢馬との間にできた子供（L９～L19）
これら二つの身分（種）からできた子供はどちらの身分（種）とも呼ばれ得る

・同じ母から生まれたふたりの兄弟の波羅門青年（ヴェーダ聖典を学習した者としてない
　者）（P469上段L20～下段L12）
ヴェーダ聖典を学習し、教育されている子供（前者）が優遇される。
→生まれよりもヴェーダ聖典を第1とする立場（P470上段L10）

・同じ母から生まれたふたりの兄弟の波羅門青年（ヴェーダ聖典を学習しているが、身のふるまいが正しくなく、性質が悪い者と、ヴェーダ聖典を学習していないが、身のふるまいが正しく、性質が善い者）（P469下段L13～P470上段L８）
ヴェーダ聖典を学習していないが、身のふるまいが正しく、性質が善い者（後者）が優遇される
→ヴェーダ聖典よりも身のふるまい、性質を第一（＝四階級を平等）とする立場

２．アシタ・デーヴィラ仙人が7人の波羅門に四階級が平等であることを説明するために使った例えを説明せよ。（ｐ.470～472）
・ 7人の波羅門の生みの母および、その母、七代前の祖母まで（P471L８～15 ）
・ 7人の波羅門の生みの父および、その父、七代前の祖父まで（P471下段L1 6～P472上段L９）
ただ波羅門の異性だけに近づいて、非波羅門の異性にちかづかなかったという保証はない
・ガンダッバの身分（P472上段L20～下段L３）
王族か波羅門か農商工業者か奴婢か、何者かわからない

３．ガンダッバは何を意味するか。また現代の言葉で言うとこれは何にあたるか。
（ｐ.４７２）さまざまな意味でインド神話に登場するガンダッバは、この原始仏典においては、輪廻する衆生が、前の生涯と次の生涯に生まれる間の姿を意味する。それは自我と呼ばれ、現代の言葉で考えるのであれば、そこから魂、心とまで考えうる。しかし、この原始仏典における自我というものは、仏陀の無我論的な立場から行くと排除されるべきものである。なぜなら人は生まれながらにして我があると思うことによって苦が生まれるのであり、人は生まれながらにして無我であると考えることによってのみ解脱、涅槃の境地に達せられるからである。ここで、ガンダッバ本来の姿を考えると、ガンダッバは元々、輪廻を説明するための補助概念といえる。原始仏典では輪廻は決して最終的な概念ではなく、それは輪廻からの解脱、つまり、涅槃を説明するための補助概念である。大乗仏教においては、輪廻もガンダッパも正しい悟りの道を人に導くための「方便である」と言える。であるからガンダッパは般若心境の立場から行くと、輪廻も無く、輪廻からの解脱も無い、つまり、輪廻を可能にするガンダッバも無いということができる。いずれにせよ、ガンダッバは、もともと克服されるためにある概念といえる。

原始仏典におけるガンダッバの考え

前の生涯　　　　　　次の生涯
→ガンダッバ→
魂（心）　　　　　　魂（心）

　　　　　　　　　　　　　　　　　　

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　輪廻

４．「毒矢のたとえ」より
（a）世界は永遠であるとか、世界は永遠でないとか、世界は有限であるとか、世界は無限であるとか・・・などのいわゆる十種の考え方、形而上学的な問題になぜブッダは答えなかったのか。
P473脚注（4）「これらの問題が、解脱に直接関係せず、無益な問題だからである」
P476下段L８「世界は永遠であるという考え方があろうと世界は永遠でないという考え方があろうと、まさに、生まれることはあり、老いることはあり、死ぬことはあり、悲しみ・嘆き・苦しみ・憂い・悩みはある.現実にそれらを制圧することを私は教えるのである。」
P478上段L13「これは目的にかなわない。修行のための基礎となるものではない。世俗的のものへの嫌悪・欲情から離れること・煩悩の消滅・心の静けさ・優れた知恵・ただしいさとり、涅槃のために役立たない。このゆえにそれを私は説かない。」

解答例：十種の考え方、形而上学的な問いは、世俗的のものへの嫌悪・欲情から離れること・煩悩の消滅・心の静けさ・優れた知恵・ただしいさとり、涅槃といったブッダの目的には役に立たず、関係のなく無益な問題であったから。

(b)では、ブッダが答える問いとはどんな問いか。（ｐ.４７３脚注４、ｐ. ４７６）
P478上段L18「これは苦であるとわたしは説く。これは苦の生気の原因であるとわたしは説く。これは苦の消滅であると私は説く。これは苦の消滅に進む道であるとわたしは説く。」
P478下段L１「何ゆえにそれをわたしは説くか。マールンキャープッタ、これは目的にかなう。これは修行のための基礎となる。これは世俗的なものへの嫌悪・欲情から離れること・煩悩の消滅・心の静けさ・優れた知恵・正しいさとり・涅槃のために役立つ。それゆえにそれを私は説く。」

解答例：ブッダは世俗的のものへの嫌悪・欲情から離れること・煩悩の消滅・心の静けさ・優れた知恵・ただしいさとり、涅槃というものに役立つものを説こうとする。それは、苦・苦の生気の原因・苦の消滅・苦の消滅へ進む道などいわゆる四諦とよばれる現実に存在していることである。

（ｃ）なぜそれが毒矢にたとえられうるのか？
解答例：十種の問い、形而上学的問いに答えようとすることは、毒やがささった患者にたいしてその患者・犯人の身分や毒やの毒の性質、矢の性質など、患者の苦しみとは関係ないことを答えようとするようなもので、現実に生きている人間の苦しみを和らげる性質のものでは
ないから。（P475下段L４～P476下段L２）

５．ブッダは苦の消滅である四諦を説くが、しかしそのように考えること自体が苦であるか。もしくはその苦を制圧しようとする意志が実は苦ではないか。このことについてどう考えるか。（ｐ. ４７８）

四諦とは前に述べられたように、苦諦（現実的にすべてが苦であるという真理、苦の存在）、集諦（苦の原因は無明にもとづく割愛であるとする真理、苦の生起する原因）、滅諦（無明が止揚され割愛の滅した涅槃こそが解脱の理想境であるとする真理、苦の消滅）、道諦（解脱の世界を体験する実践の道は八正道であるという真理、苦の消滅に進む道）を四つの真実をあらわす概念である。特に道諦は八正道の実践であると言える。この中で、この四諦における疑問は、つまり、そのように（四諦の概念が存在する）考えること自体が苦であり、もしくはその苦を制圧しようとする意志が実は苦ではないかということである。誇張して言えば、道諦が集諦の因になるということである。しかし、この問いは仏教の根本要義の中道というものを正しく理解していない。中道というものは、極端な快楽欲望の生活と極端な苦行的な両者の生活を避けることを本来の意味とする。この観点から考えると、上記のような問いは中道に反する。なぜならそれは極端な苦行的な生活をすることとなるからである。八正道の実践を考えることが苦であると認識することに対して、執着することが苦であるといえる。その時点でその人は八正道を八正道として認識もしくは、実践していない。八正道の実践を苦であると考える段階は、実践をする過程かもしくは、実践の意志レベルにおいてである。しかし、この意志レベルにおいて、そこに八正道の実践が苦であるとする正当性は無い。なぜなら八正道を実践していないからである。また実践段階において、その思想を苦であるとする考えは、八正道に執着しすぎていると考えられる。なぜなら本来、八正道の実践において苦は徐々に消滅されうるものであり、中道の定義からもそこに矛盾が生じる。さらに言えば、苦諦の考えからいくとすべてが苦であるのであれば、この八正道の実践は苦であるかという答えに対しては苦であるということができる。しかし、八正道の実践においては、この苦（八正道の実践が苦であるという思想）も消滅に導くという道であることからすると、この思想は八正道の実践過程においてこの思想は現われ、また八正道を真に実践していない根拠となりうる。では一体八正道とは何か。八正道の実践における理想的な目標というものは、解脱し涅槃に入ること、つまり、心を適度に安定させることであるということができる。ではそのための八正道の実践＝中道とは何か。それは両極端（快楽、苦行）にいかないこと、両極端な生活をおくらないことである。
―ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー快楽
　　　　　　　　　　　　　　
　　　　　　　　　　　　　　　　　　　中道
　　　　　　　　　　　　　　
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー苦行

６．「象の足跡のたとえ」四元素の話があるが、ここではどのような事を述べているか。また、これをセネカの「人生の短さについて」における幸福、運命などにどのように関わってくるのだろうか。（ｐ.４８０～４８５）
　
　まずｐ４８０において、四元素は内の要素と外界の要素に分けられる。内の要素とは生物にあり、身内にあり、個体に属しそれぞれわがものとして執着されるものである。それとは対照的に外界の要素とは巨大なものであり、一般的に無生物（自然）と解することができるのである。この二つは相反するものではなく、この二つが合わさって初めてひとつの要素がなりうる。つまり、生物と無生物との共生において四元素は成り立つ。ここで外界の要素とは、上記のように解することができるが、人間の認識を超えた処という観点から自然の力、つまり、運命と解することができる。それは自然が怒った時、顕著に表れる。カントに言わせれば、「その作用法則がわれわれには知られていないある原因による強制」（カント、永遠平和のために、ｐ５４）である。ここで解かれているのは、これらの巨大な強制力のものでさえ、執着をおこすもとであるものを五蘊と見、その執着をおこすもととなるすべての物質を四元素であると悟ることによって、心は安定するとする。すなわち、運命に屈しず心の安定をはかれるということである。この命題は、セネカの「人生の短さについて」において述べられているものと類似する。この二人の時代はヨーロッパとアジアという対照的な場所であるにも関わらず、同じ問題意識を有していると考えられる。なぜならその当時の時代的背景である多大なる社会的体制の交代が背景にあるといえる。セネカに命題は「最高の善とは偶然的なもの軽んじ、徳に喜ぶ心である」（セネカ、人生における短さについて、ｐ１２８）と書いている。お互いの書に関して共通なのは、「自然、運命が怒る」という表現である。この一文から人と自然との接し方が伺えうる。
　しかし、一つの点に関して仏陀とセネカとの間に相違点が存在する。仏陀の言う心のあり方とは智慧（般若）を持った心であり、セネカの言う自由な心とは知識（分別知）を持った心であるように思われる。その根拠はひとつに理性という判断基準にある。

セネカの考えるものシリーズ
自由
恐怖や欲望にとらわれず、徳行を基準とする善なる理性に基づいて、真理を判断することができる自由である。しかし、それは決して持続性は無いのであり、一つの目標にすぎない。であるから我々はその目標を追い求めなければならない。

運命とは、三つの点に分けられる。
まず、予測がつかない、二つ目に強制的である。そしてもし、二つ目の強制的なものを跳ね除ける力をその運命の対象者が持っていたとすると、その強制力を跳ね除ける選択肢が増える。これが第三の点である。

理性＝真理の認識に用いる判断基準

善なる理性＝人間の痕跡、判断を正しくできる基準、健全さ（ｐ１３１L３、１１、
１２、１３）

理性には善と悪によって生まれ、それが性質となる。理性には善と悪の性質が存在する。なぜなら人が喜びを感じるのは、その対象が善であるからではなく、その対象の真理を善の理性によって認識したことによって生じるからである。であるからもし当人が善の理性を持っていなければ、その対象は（当人以外に対しても）善と認識されないし、もし、認識されたとしてもそれは個人的、自己満足的な善であって決して他と共有する善では無い。つまり、理性とは、善と悪の心から生じる規律において構成され、そのフィルターを通してのみ、人は善や悪という実感というものをもてるのである。この根拠はｐ１３０L２?３である。

７．「種々の界」 ― 十二縁起について説明せよ。（ｐ.４９０）
　
P４９０
「これあるとき、かれあり」相互依存の性質を持つ
迷い（無明）を条件（縁）として
生成の働き（行）があり、
生成の働きを条件として
識知があり、以下同様に
個体存在（名色）→六つの知覚の場（六処）→経験（触）→感受（受）→欲望（渇望）→身体への執着（取）→生存（有）→誕生（生）→老、死、憂愁、悲嘆、、苦、憂悩、苦悶
つまり、縁起とは迷いを基点とする苦悩へいたる過程である。そして、この迷いさえ滅すれば、縁起はおこることなく、苦悩へ至ることもない。

８．「兇賊の帰依」ブッダが止まっていてアングリマーラが止まっていない
とはどういうことか。また現代においてこの文章を考えるとどういうことか。
（ｐ.４９５、ｌ１３から最後まで）

セネカ、仏陀が生きていた時代では、場所は違うかもしれないが、戦乱の世の中で、人々が欲望のままに他の国を支配しようとし、国の体制を大きく変えようとしており、また変わっていった時代である。このことから人々は国の体制的な安定だけでなく、個人的な心理的安定を求めていたように感じられる。このような時代的背景の中で、仏陀は人を殺すことに執着していたアングリマーラに対しておまえは止まっていないと言ったと考えることができる。なぜなら彼は五つの執着するもの（五蘊）に執着していたからである。仏陀はこの五蘊に執着しないから止まっているのであり、安定していると説いているのである。
では現代の問題にこれを当てはめるとどのように考えられるか。現代の大衆消費社会においては、「能動的である」ということほど礼讃されたものは無い。ゆえに静止するという言葉は除外される傾向にある。また時間が余ることに関しても同様な思考か働く。それは時間というものは使うためにあるのであり、無駄にするべきではないという観念である。タイムイズマネーこの言葉が一番よく当てはまっている。能動的であるという言葉は、本来の自分の意志（選択）に基づいて行動するという本来価値を離れ、活動的であるのが良いとする社会側からの差異への欲求を促すバーチャルな価値を帯びている。この「能動的」という差異表示記号に基づいて、人は自分自身で能動的であると意志表示（選択）しているようで、実は社会側から能動的であるように強制されている（選択させられている）。つまり、能動的であるように錯覚させられているのである。人は能動的であるという一つの差異表示記号へのコードへと自分自身をはめていく、そこには人の意志（選択）は存在しない。また能動的であるとする無限の速いサイクルが、その速さゆえに安定しているという錯覚を生み出す。つまり、記号の性質の核分裂である。
　この状況からもう一度、セネカ、仏陀が生きていた時代に対して逆投射すると次のことが言える。仏陀とアングリマーラの関係は、古代人と現代人における安定の意味の違いを意味している。古代における安定とは、心をどのように安定させるかを考えていたように思われるが、現代における安定とは、能動的に物事を処理し、そのサイクルを早くすることによってあたかも安定しているかのように起きる錯覚が安定であると言える。ゆえにアングリマーラと現代人においては、安定の錯覚という観点からすれば、一致している。またアングリマーラにとって人とは本来の価値を失ったバーチャルな価値を帯びたモノとしての人であったに違いない。なぜなら彼らの指をちぎり指の首飾りを作っていたからである。それは一種の収集家に見られる思考形態である。さらに人の指を多く集めることがその当時において差異表示記号として作用するものである。盗賊の称号か何かであろう。社会側からの要請という観点からしてもアングリマーラと現代人は一致している。アングリマーラは社会的要請（殺人が可能である）という点において社会側の要請を受けており、現代人はまた前述した通りである。
　以上のようなことから現代人というものは、アングリマーラと同じ状態であると言うことができる。しかし、一つの救いとして仏陀の教えが現代における大衆消費社会において一つの光となることが考えられるのではないか。

９．「兇賊の帰依」で言いたかったこととは何か。
　
　兇賊の帰依で言いたかったことは、人は五蘊に執着することによって、苦となる。であるからその執着から解き放たれた時、すべてのものは五種類の執着するものからなっていることを悟った時、善行をもってその五蘊に執着してきた時にやったことを絶えなければならない。キリストで言えば、人は原罪があり、仏教においてすべては苦である。人においては欲望がある。だからといって人は罪を犯していいのか言えばよくないし、苦しいからといって快楽に執着してよいかと言えばそうではない。であるから人には欲望があるからといってその欲望をむやみに使ってはならない。なぜなら、むしろ真理を見た後は、もし真理を見る前に悪行を行ったならばそれに耐えなければならない。それは三つの知を獲得したものだけが行わなければならない。

９．「兇賊の帰依」で言いたかったこととは何か

解答例：この話しでいいたかったことは、いまままでブッダが説いてきたこことなんら変わりはないのではないだろうか。ブッダが説いてきたことは法をさとること、涅槃へいたることである。そのためには、四つの真実を極めなければならない。すなわち、人生のすべてのものに対する執着を知り尽くし、その原因を断ち捨てて、苦を消滅へ導くことであり、そのためには八つの正しい道（八正道）を実修されなければならない。
　この話の中に出てきたアングリマーラは、まさに、このようなステップを踏み、涅槃へ至った阿羅漢の一例であり、兇賊という極端に正しい道から外れているものでありながらブッダにさとされ涅槃へ至ったことから特殊な一例として紹介されているのではないだろうか。

Ｃ「般若心経」から
１．般若とは何か。どういう状態において般若は体得されるか。また、般若と分別知の違いを述べよ。

　般若とは、「智慧」を意味し、無分別智ともいう。般若とは、人間が真実の生命に目覚めたときに体得しうるものである。普通にいう判断能力としての分別知は、「苦」、つまり「欲望」を生み出すものと考えられる。分別知によって、人間は、例えばこれは机であるといったように、これはこういうものであると意味づけをし、それに対して形を与えたりする。そうすることによって、物事を細分化していって、それは終わりがない。それに対し、「智慧」、つまり般若とは、現実の究極的な実体である「空」を実感することであり、「空」を実感すれば、「苦」も終わりのないものではないとわかるのである。

２．五蘊とは何か説明せよ。

　「五つの集り」の意。色（物質的現象）・受・想・行・識（精神作用）から成る。色は「形あるもの」、受は「感覚」、想は「表象」、行は「意志」、識は「知識」を意味する。この五蘊は、「我」を作り出すエレメントであり、五つの集りが一緒になった時だけ人間でありうる。つまり、「我」というものはたまたまつけられた札のようなものなのである。全てのものは、たくさんのエレメントからできているのであり、また、そのようなものは有限である。そこに人間は執着する。そのことで人々は苦しみ、苦しみから逃れられないでいるのである。

３．空とは何か説明せよ。

　「なにもない状態」というのが原意である。インド数字ではゼロ（零）を意味する。般若心経の中に出てくる「色即是空」、「物質的現象というものには実体がない」という言葉にもあるように、「空」は「実体がない」と訳されている。なぜ、物質的現象には「実体」がないのか。それは、人間であれ物であれ、存在するものは因（直接的原因）と縁（間接的原因、条件）によって成り立つ、縁起の存在だからである。このことから、「空」とは、存在するものはすべて縁起の存在であるといえる。存在するものは空であるということを体得することは、それに対する執着がなくなることであり、それによって苦が消滅する。このことによって、人々は苦から救われるのである。
　もともと、一つの世界観、人生観を表す言葉として最初に「空」を用いたのはブッダであった。ブッダの教えの中核をなす「無常」、「苦」、「無我」にもあるように、ブッダは、人間の体ははかなく脆いものであり、世界そのものも永遠ならざるものであると説いている。それは、全てのものが縁起の存在であるからであり、そのため、生まれたものは必ず死ぬのである。しかし、このことは私達にとって「苦」にほかならない。いつかは死んでしまうという現実、つまり「無常」が、私達にとって最大の「苦」なのである。また、もう一つの「無我」は、「我がある」、「我をもつ」といった執着や、あるものに対して「我が物である」、「自分の所有である」という執着の否定である。あるものに対して、自分のものであると考えるのは、我に対する執着からくる。しかし、人間も物も、全てのものは縁起しているものであり、無常の存在なのである。「私」も、「私の所有物」も、永遠の存在ではなく、いつかは滅するものなのである。そこには執着すべきものは何もないと知り、「我がある」、「我をもつ」、「我が物である」といった執着に苦しむ心を解き放してやらなければならない、とブッダは説く。ブッダは「空」という言葉こそ用いていないが、これもまた「空」に通ずる教えといってよいのではないだろうか。

４．空、五蘊、四諦、縁起の関係性を述べよ。また、般若心経における「悟り」とは何か。

　3番の解答から、「空」とは、存在するものは全て縁起の存在であり、存在するものは全て空であることを体得することによって、人々から苦が消滅すると述べた。このことから、五蘊、四諦、縁起は全て空につながっているといえる。そして、同じ苦の消滅を目的とする四諦と縁起もまた、空であるといえるだろう。もし、空というものが存在しないとして、物質的現象には実体があると仮定するならば、五蘊によって人々はあらゆるものに執着し、苦しみから逃れることができない。そして、縁起の概念が働く余地が無くなってしまう。また、四諦は、苦の終わりの可能性という一つの道を指し示すものであるのに、空が存在しないことによって、苦もまた存在し続け、このことで四諦の教えは否定されてしまう。そうすることによって、結果的には、ブッダの教えの全体を否定することになるだろう。人間存在にまつわる苦の原因を突き止め、どうすれば苦を滅して安心の境地に達することができるかという問題が、仏教の原点である。この問題を考えるとき、空は必要不可欠な理なのである。
　般若心経にとっての「悟り」とは、般若心経に出てくる「色即是空。空即是色。」という言葉が鍵を握っていると思われる。「色即是空」「およそ物質的現象というものは、すべて、実体がないことである。」の空は、全てのものははかなく、永遠に存在することはなく、いつかは死んでしまうという「死」のようなイメージを感じる。一方、「空即是色」「およそ実体がないということは、物質的現象なのである。」の空は、実体のないところから、全てのものが生み出されるような、「生」のイメージを感じる。この二つの言葉は、万物の生と死のサイクルを表しているのではないだろうか。そして、現世に対して否定的な「空」と、現世に対して肯定的な「空」、この相反した「空」を体得することこそ、「空」の本義であり、般若心経にとっての「悟り」なのではないだろうか。
　「空」の思想を大成したと言われるナーガルジュナ（竜樹）は、「空」はブッダが生涯に渡って説いた「無常」の発展形であるといっている。「諸行無常」、万物は全て移り変わる。ひとつとして同じ形にあるものはない。この考えを突き詰めると「空」に至るという。確かに、「色即是空」「空即是色」をつなぎ合わせると、無限に移り変わり、とどまることを知らない「諸行無常」の様相が現れてくるようだ。「色即是空、空即是色、色即是空、空即是色・・。」

５．なぜ迷いがなくなると、悟りもなくなるのか。

　縁起とは、１．無明　２．行　３．識　４．名色　５．六入　６．触　７．受　８．愛　９．取　１０．有　１１．生　１２．老死に至るとされている。縁起は原因と条件によって変化する一つの現象の存在として捉えられるものである。原始仏典的な教えにおいて悟りとは、迷いの根本原因である無明（無知）を滅する、つまり、人は生得的に無我の気持ちを持てるのは、我が無いからであり、あるという思い込みにおいて人は我があると思い込むといえる。であるからこの思考を滅するとすると、１～１２は相互的に関係していることから１が原因として生じる２が無くなり、２が原因として生じる３が無くなり、このように相互に関係していき、最後に老死が無くなり、解脱し涅槃に入るということができる。であるから原始仏教的な意味においての悟りが達せられる。しかし、大乗的な意味においての無明というものは、無明というもの自体が存在しないとする。つまり、無明が無ければ、悟りも無い。であるから原始仏教的な立場における悟りというものは存在しないということができる。しかし、大乗的な意味での悟りというものを考えると、悟りということ自体が存在しないと考えること自体が悟りであるとされる。つまり、悟りの存在を否定することが大乗における悟りであるように思われる。ではここにおいて悟りというものが無いと悟ってなおどういう意味がさとりにあるのか。この状態における悟りには次の言葉がふさわしい。つまり、悟りとは涅槃に入るための補助概念（方便）であるとする。すなわち、悟りが無いからと言ってでは何もしなくてよいというわけではない。八正道のように八正道とは快楽に走っても駄目であるし、苦行に走っても駄目だといってだからどのようにしたらいいのかわからないから何もしなくてもよいというわけではない。このような状態ではなく、人は解脱を目指し涅槃の境地に入らなければならない。しかし、涅槃に入るためには方便としての悟りが必要となる。この方便と言う言葉は一般的に「衆生を教え導く巧みな手段。真理に誘い入れるために仮に設けた教え」ということができる。うそも方便と言う言葉があるがそれもこれを的確に表している。仏陀はもちろん言葉によってある対象を文節化し、概念化する危険性を避けていた。なぜならあるものを対象化することによって人はそこに執着するからである。しかし、概念を説く時には、概念化することによって執着すると言う危険性がはらむが、概念化しなければ語りえないものである。ここでは老子や仏陀が陥る一種の自己矛盾が起こる。このようにして、涅槃を説明するために、悟りというものが補助概念（方便）としてこの自己矛盾の苦渋の選択において概念化されたのである。

☆ディスカッションテーマ☆

１．　　　　　般若心経と原始仏典の「法」の捉え方の違いについて

・原始仏典
原始仏典において、法は「とうとい真実としての～とはこれであると、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直観が生じた。」というように、ブッダの悟りえた真理であり存在しているものである。しかし、ブッダが悟った真理が存在しているが、それによって生じた「我」は本当の意味では存在しない（無我・人空）という。そのことを知って、自分についての執着を捨てることが悟りであり、「知る」ということが悟りの方向を位置づけていることになる。つまり、法という地盤によって立ち、それを常に確認することで無我・人空を知り、自分についての執着を捨てるという悟りに至るのである。

原始仏典引用
・「――およそ生起する性質のあるすべてのものは、滅びゆく性質がある、と。（p.438上）」

・「比丘たち、とうとい真実としての苦の消滅（滅諦）とはこれである。つまり、その渇欲をすっかり離れること、すなわちそれの止滅である。その棄捨であり、それの放棄であり、それに対する執着を去ることである。（p. 436上）」

・「比丘たち、とうとい真実としての苦の消滅に進む道（道諦）とはこれである。つまり、八項目から成るという道、すなわち、正しい見解・正しい思慮・正しい思考・正しいことば・正しい行為・正しい暮らしぶり・正しい努力・正しい心くばり・正しい精神統一である。（p.436上～下）

・「比丘たち、とうとい真実としての（①苦・②苦の生起・③苦の消滅・ ④苦の消滅に向かう道）とはこれであると、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直観が生じた。
　比丘たち、このとうとい真実としての（①苦・②苦の生起・③苦の消滅・ ④苦の消滅に向かう道）は（①すでに知り尽くされなければならないと、②断ち捨てられなければならないと、③現実に体験されなければならないと、④実修されなければならないと）、わたしには、かつて聞いたことのない法に対して、見る眼が生じ、理解が生じ、洞察が生じ、覚知が生じ、直観が生じた。 …（省略）（p.436～p.437）」

・般若心経
法によって生じた我が、本当の意味での我ではないということを知るだけではなくて、それを知ったときにはもはや法さえも存在するものとしては捉えられておらず、悟りを開くための仮の手段であって、捨てられるべきだと考えられている。原始仏典では苦や、苦の生起の原因や、苦の消滅や、苦の消滅に向かう道などの法が説かれていたが、般若心経では、そのような法はないと説かれている。はじめ、法が存在したのであるが、後には我を捨てたことで、法さえも捨てることになる。結果的には法も人もすべてが空にたどり着くことが般若心経での悟りなのだといえる。般若心経では、原始仏典に見られた心の分析などにとどまらず、「因縁によって生じたものはすべて無我なのだ」という意識を強く打ち出している。
般若心経引用
・「この世においては、すべての存在するものには実体がないという特性がある。生じたということもなく、滅したということもなく、汚れたものでもなく、汚れを離れたものでもなく、減るということもなく、増すということもない。（p.13）」

・「（さとりもなければ、）迷いもなく、（さとりがなくなることもなければ、）迷いがなくなることもない。こうして、ついに、老いも死もなく、老いと死がなくなることもないというにいたるのである。苦しみも、苦しみの原因も、苦しみを制することも、苦しみを制する道もない。（p.13）」

２．般若心経と原始仏典にはどんなスタイルの違いがあるか。

・原始仏典は対話篇、当時の社会状況をもとに具体的な事例での説法である。ブッダが亡くなって後、弟子によってブッダの言行や説法を編集したものである。対話篇で描かれているということで、ブッダの人間としての姿がよく現れているように思う。それは

・般若心経は大乗仏教におけるブッダのさとりを凝縮させたかたちの経である。大乗仏教では、出家した人々だけがブッダの教えを悟っていくのではなく、出家していない多くの人々に対しても救いの可能性をもって、ブッダの思想をより自由に解釈しようと動いたため、大衆化したということがいえる。それで般若心経は一般大衆に対して、より簡単な方法で悟りが開けるという手軽さを強調して、それを唱えるだけで無の境地を目指したり、救いを求めていくようになるという図式ができあがったのではないだろうか。

３．ブッダははじめ、説法をすることの是非について迷い悩みます。そのような懊悩は、イエスにも認められます。（これに対して、政治家や企業家にはそのような悩みは無縁のように思えます。）この懊悩の意味は何でしょうか。
懊悩とは
・ブッダの思想は悟りという体験的・実感的なことがらを通じて至ったものであって、それをことばで表すということとは隔たりがあると感じるのであり、それは同時に、ことばによって語ることの危険性にもつながってくるように考えられる。ことばは人の思考を伝達するという媒体物である。まず自分自身がことばを発しようとするとき、思考という混沌としたものをどれだけことばという体系の中に当てはめることができるかという思いがある。またことばが相手にどれだけ伝わり、どのように捉えられるのかということを考えたときに、一人ひとりの表現方法（ことばの使い方、受け取り方など）は違うのであって、それがまた人々の思考につながっていくとなると、最終的にことばを通して説法することで、どのような意味があるのか（人々に誤った認識をもたらすだけではないか）という悩みがあったのではないかと考える。

・説法をすることで短絡的に求めてしまう思考に陥ってしまう、またそこから抜け出せないのではないかという思いがあったのではないかと思う。ブッダの説法は結果的に人を救うほうへ導いていくものであるけれども、そこではその人が欲望にとらわれないという教えを実践していくのである。しかしそのようなステップを無視して、「救われたいからブッダに教えを解いて欲しい」とか、「欲望は捨てられないけれど、ブッダを信仰する」というように教えと矛盾して、人々の間に広まることに悩んだと考えることもできる。

・「人が死後も存在するかどうか」というような問いが合っているとか間違っているとかということを語るのは無意味であると解く話（「毒矢のたとえ」）があるように、ブッダは修行の役に立つことのみを解くのであって、それ以外のことは解かないという立場をとっている。これはことばの世界だけに目を向けろというのでなく、語られないところをその人自身が了解することこそ修行であって、悟りに通じるということを示しているように感じられる。

・政治家・企業家はそのような考え「ことばの危うさ」・「思考の短絡化」などを利用しているように見える。ことばとは思考を媒体するものであってどのようにして思考を表現するかということは難しい。それならあらゆる手段で、「私が」いっていることを分かった気にすればよいということになる。当面は政治家であれば選挙に通ること、企業家であれば、自社の商品を買ってもらうことが大切で、「私が」いったことばを、相手がどのように自身の思考のなかに深めていくかということはまあ置いておいて、ことばによっていかに説得するか、より分かりやすく、より気に入ってもらえるようにするには、あらゆる手段を使って、「語れることは語れるだけ、語れないことも語れるようにして語る」という姿勢があるのではないかと思う。このように情報が多く出回っているところでなおかつあらゆる手段を使って説得しようとするのは、自分自身の価値基準で情報を選択できる人間ではなく、「ことばの危うさ」をはかることもなく、「思考の短絡化」した人々なのであり、そこでは政治家・企業家が求めるだけの利益を得ているのだろう。

引用など
・「不死を得るための門は開かれた。耳を持つ者は、聞いておのれの盲信を捨てよ。ブラフマー神よ、私がこのすぐれた卓越した法を人々のためにとかなかったのは、それが人々を害するであろうと案じてであった。（p.434下）」

・「ことばで表現されたものを（真実と）考えているだけの人々は、ことばで表現された（世界の）なかに安住し（執着し）ている。彼らはことばで表現されたもの（の実体）を知らないから、死神にとりつかれてしまうのである。ことばで表現されたもの（の本質）を完全に知り、それを表現する主体（神や人間の主体－我）を考えない――、このような人には、その（死神にとりつかれる）ことがなく、それゆえ彼には、それ（ことばによる表現）が過失に陥るようなことはない。（p.442下）」

・「コミュニケーション、という時、何が何でもこちらの心を人に伝えたい、伝えねばならぬ、伝えるのはよいことだ、という具合に考えるのは、間違いではないかもしれないが、どうも私には疑わしいところがある。人の気持ちや心はそんなに簡単に伝わるものではない、というだけでなく、伝わらないほうがよい場合もしばしばあると思う。言葉で明示するよりは、身振りやしぐさで暗示することによって、かえって『見えないもの、聞こえないもの、考えられないもの』に深く触れるきっかけをつくることができる時もある。 …（中略）…愛とか恋とか友情とかの言葉を口にしたとたんに消えてしまう何かがある。その何かをつかむために言葉を用いなければならないこともある。言葉を捨てなければならないこともある。」
　　（『考えられないものに触る』　大岡　信　新選現代文　改訂版　尚学図書）

☆ディスカッションテーマ☆
１．般若心経と原始仏典の「法」の捉え方の違いについて

　原始仏典においては「法」の存在は大前提されている。ブッダは無我とはどういうことかという問題にはこたえようとするが、「法」の存在に対しては疑問をいだいていない。しかし、般若心経ではその「法」の存在すら無いものとみなしている。

２．般若心経と原始仏典にはどんなスタイルの違いがあるか。
　
　原始仏典では、まず、ブッダの教えが対話によって説かれていることが多い。たとえば、「階級の平等」で四階級の平等をとくために、アッサラーヤナと討論をしたり、「種々の界」で思慮がある賢者といえる比丘についてアーナンダと問答を繰返している。第二にブッダと登場人物が詩説、詩句をもって問答をしたり考えを述べているところがある。「説法の要請」では、説法をしようかどうか思い悩むブッダの気持ちが詩句で述べられている。「兇族の帰依」において、アングリマーラがブッダに追いつけない理由を聞くときに詩説がつかわれている。第三に、「毒やのたとえ」、「象の足跡のたとえ」、「流れる丸太」などたとえ話を用いて説法がなされているところも多い。
　一方、般若心経においては、ブッダがシャーリプトラに語って聞かせるという形態をとってはいるものの、シャーリプトラがブッダに何か質問することもなく、詩説、詩句や例えばなしや問答形式などが登場することもなく、ブッダがずっと自らの考えを述べている。
　これらの特徴を比較すると、原始仏典は読む人がだれでも理解しやすいように配慮されている。一方、般若心経はいわば、一種の理論書のようなものであり、だれでも簡単に話の内容を理解できるようになるというわけでは無い。

３．ブッダははじめ、説法をすることの是非について迷い悩みます。そのような
懊悩は、イエスにも認められます。（これに対して、政治家や企業家にはそのよ
うな悩みは無縁のように思えます。）この懊悩の意味は何でしょうか。
P431上段L11、12「ところが世の人々は感覚器官の対象を楽しみとし、それらを悦び、それらに気持ちを高ぶらせている。」

下段L2「もしわたしが法を説いたとしても、他の人々がわたしを理解してくれなかったら、それはわたしにとって疲労であるだけだ。それはわたしにとって苦悩であるだけだ」

P432上段L５～11「私が苦労してさとり得たものを、いま人に説いて何の得るところがあろう。貪欲と憎悪とにうち負かされた人々にとってこの法を悟るのは容易ではない。常識の流れに逆らい、精妙で、深淵で、理解しがたい、微妙なこの法を、貪欲に汚され幾重にも無知の闇におおわれている人々は、見ることがない。」

　原始仏典の時代における衆生、現代における大衆といった言葉で呼ばれる社会の大多数を占める人々にまんべんなく理解しがたい教え、考え方を広めようとするのはむずかしい。衆生、大衆はそれよりはむしろ、苦労しないでも簡単に感覚的に体得することのできる快楽、満足に向きやすい。ブッダやイエスが広めようとしたことは、前者であり、現代の多くの政治家・企業家が広めようとしているのは後者である。どちらが簡単に達成され得るかというと、勿論後者である。だから、現代の多くの政治家・企業家はそれほど悩むことはない。一方、ブッダやイエスは自分の広めようとする教え、考え方があきらかに一般大衆、衆生に受け入れられ難いとしっていた。どれほどの人が自分の教え、考え方を理解してくれるかはわからない、というよりむしろ理解できる人間はほんのわずかだろうという予測のもとにかれらは悩んだのであり、ためらっていたのではないだろうか。

☆ ディスカッションテーマ☆
１．般若心経と原始仏典の「法」の捉え方の違いについて

２．般若心経と原始仏典にはどんなスタイルの違いがあるか。
　
　原始仏典においては、話は物語風に流れるが、般若心境においては理論風に流れる。また原始仏典は言葉の具象度が高く（概念規定されていない）のに対し般若心境においては言葉の抽象度は高い、概念規定がはっきりされている。つまり、これから言えることは仏教初期の段階では、仏教は説法を述べる時に言葉によってある対象を文節化し概念規定を避けてきたという事実がある。なぜならあるものを対象化することによって人はそこに執着するからである。しかし、説法を説く時には、概念化することによってその概念化したものに執着すると言う危険性がはらむが、概念化しなければ語りえないのが現状である。そのような自己矛盾の中で原始仏典は語られており、またそのすべての説法が方便にならざる終えなかった所以である。

３．ブッダははじめ、説法をすることの是非について迷い悩みます。そのような懊悩は、イエスにも認められます。（これに対して、政治家や企業家にはそのような悩みは無縁のように思えます。）この懊悩の意味は何でしょうか。

　自分自身の説法とその説法を説こうとしている社会が反対方向に向いているのに、なぜその説法を説く必要性があるのか。必要性はある。なぜなら、人間の欲望というものは、知によって増幅されるがゆえに、知によって制御されなければならないからだ。（鎌田康男、総合政策学部における思想研究の役割）それは般若であり、空であり、縁起であり、解脱であり、涅槃である。仏陀が「貧欲と増悪とに打ち負かされた～見ることができない。と嘆き、イエスが「おおよそ持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人はもっているものまでも取り上げられるであろう。」と嘆いている。これは人間における社会がこうであるからこうでいいのだ、人間はこうであるからこうでいいのだという、短絡的な思考から生じたものである。であるから、社会に対してそれを知らせるためには「だから、彼らには譬えで語るのである。それは彼らが、見ても見ず、聞いても聞かず、またさとらないからである。」という聖書からの言葉でも述べているように「譬え」が一つのキワードとなる。
譬えというものは、ある理論を他のファクターに当てはめ、それを説くことによってその理論を実践するということである。その理論を譬えとして実践することによって、人は悟るという行為、つまり、多義的な知るという行為を行う。譬えは難しい話ではなく、理論の骨組みを残したやさしい話によっておおまかな理論を知らせると言うことができるかもしれない。
これは、現代の総合政策学においてもなされなければならない重要な問題であると伴に哲学においてもこれは実践されなければならない。なぜなら宗教、哲学とは現代において軽視される傾向にあるからである。科学至上主義的、もうけ至上主義、生産至上主義の現代において、生産一元的なモノの価値体系の中で、生産の利益にならない宗教、哲学は軽視される傾向にあるからである。もちろん宗教、哲学が商業宗教と商業哲学とに変化する限りはその生産のシステムに組み込まれるが、しかし、その時点で本来の宗教と哲学の価値を失っていると言ってよい。このような状況の中で哲学において譬えは絶大なる効果を及ぼすように思われる。
　哲学者が哲学専門用語で現代社会を説いたとしても、他の人々がその哲学者の主張を理解しなければ、その人にとってそれは疲労であり、苦痛である。（原始仏典、Ｐ４３１最後～Ｐ４３２最初）譬えを説く場合、理論の骨組みを残しつつ、その説く対象の社会的水準に会わせなければならない。なぜなら社会的水準に話の内容をさげることによって理論の骨組みを失い、話の質を下げてしまうからである。それはまた哲学者が哲学の個別の領域において研究をし、現代社会に伝えず、他と知を共有せず、自己満足的な領域にのみその知を利用するのであれば、それは知の乱用と言っても過言ではない。であるから譬えに基づいて哲学者は知を他と共有しなければならない。そこではあらゆるイデオロギーと宗教、哲学などにおける総括的な伝達概念として譬えの使用ということができる。
　哲学（Philosophie）の原語でギリシャ・ラテン語のPhilosophiaは“知を愛する”という原意を示すが、この言葉ほど多くの意義を持つ言葉は無いし、さまざまな解釈が存在しうる。（伊藤端叡、仏教の思想と現代、Ｐ１５４真中）逆から考えれば、哲学とは、解釈と言う観点から柔軟性を帯びるものであるが、知を愛すると言う点に関しては不変的であるように感じられる。であるから哲学者の第一条件として知を愛する者ということができる。また第一条件の縁起的関係として、第二条件においては、知を持った者で無ければならない。さらに第三条件として譬えを使い現代社会にアウトプットしなければならない。これらの条件の中で哲学者の義務とは、知を共有させ、知の増殖による欲望の制御を行わなければならない。なぜなら哲学者の条件として知を愛し、持ち、それを伝えなければ、哲学者とはいうことができないからである。英知を司る哲学者が哲学者足る所以は上記のような状態のみである。「世にはその眼があまりに塵に汚れていない人々もいる」（原始仏典、Ｐ４３２下段Ｌ５）と言う点から社会状態が哲学と反対方向を向いているからといって決してあきらめてはならない。眼が塵に汚れていない者がいる限り一寸の可能性にかけなければならない。なぜならそれが知の制御を説くことができるもの（哲学者）の使命であるからである。決して哲学者は知の報酬を望んではならない。（原始仏典、Ｐ４４９上段Ｌ４）なぜならそれは哲学者が哲学者足る所以を欠いているからである。というよりかは哲学を哲学として見ていないからである。
　哲学者はさまざまなレベルにおいて存在しうる。しかし、上記のステップを踏まなければ決してその人は哲学者であるといえないのではないのであろうか。現代の大衆消費における知の制御においても、さまざまなレベルで、万人が万人による哲学者であらなければ一寸の光は見えてこない。

　

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