(7)「知識が目指すのは、さまざまの概念やイメージでもなければ、見識に基づく幸福でもなく、方法であり、他人の労働の利用であり、資本である。ベーコンによってまだまだ知識のうちに蔵されていると考えられていた多くの事物は、それ自身また道具にすぎない」 「人間が自然から学ぼうとするのは、ただ自然と人間とを完全に支配する為に自然を利用することである。・・・自己自身がどうなろうと構わずに、啓蒙は、それ自身の自己意識の最後の残滓さえ焼き尽くしてしまった」 「力と認識とは同義である」啓蒙の弁証法 P4