ホッブズ講義録
                   


     

ホッブグ講義録


     
17世紀のイギリスでは、エリザベス一世没後、スコットランドから迎えた王ジェームズ一世により王権神授説に基づく絶対王政がしかれていた。このことに端を発した内乱(議会主義を押す中産階級との衝突)や外乱(スコットランドやオランダとの戦争)が頻発し、イギリスにとっては混乱の時期であった。このような時代背景からホッブズは社会と人間は警戒を要する危険な存在である、という意識に基づいて、平和な社会とはどのように形成されていくべきか「リヴァイアサン」の中で述べた。自然状態においては万人は万人に対する戦争状態にあり、このような無秩序状態を平和状態に引き上げるためには、「コモンウェルス」と呼ばれる国家が必要である。リヴァイアサンと呼ばれる怪物のように、多くの意思を代表する一つの人格とも表すことができる。そこにあるものを受け入れるだけでは「万人の万人に対する闘争状態」が生じる。そこで、自己保存のために自然法が生まれる。しかし、自然法は「人間の情念」によって破棄される。その時に「恐怖の感情」を用いて、自然法を守らせようとする。この「恐怖の感情」を抱かせる強力な権力がコモンウェルスである。コモンウェルスが確立されるためには「マナーズ」と呼ばれる、人間が平和と統一のもとに生きる時に必要となる人間の諸性質が重要である。この「マナーズ」は自然権と自然法の媒介となる。コモンウェルスは国民の相互契約によって、彼らの平和と共同防衛のために全ての人の強さと手段を主権者が用いることで成り立つ。この主権者は市民法を用いて自然法のもつ「公平」「正義」「報恩」という平和に向かう人間の諸性質を制度化し、明文化することで秩序を保とうとする。ホッブズは、「自然状態における万人の闘争」の論理からキリスト教的コモンウェルスについても記述している。罪人になることからはじまるアダムとイヴの挿話からもわかるように、共同規範を破ることで人が苦しみをえることを書いた。この場合の共同規範とは神の掟であり、これが自然法とつながる。ホッブズは共同体に権威を与えようとし、そのためにキリスト教的コモンウェルスの例を用いた。仏教思想でも、「苦しみから逃れるためには欲望を満たすだけでなく、欲望から自由になることである。」という思想や、イスラム思想にある「人間は本来自己中心的なものである」という人間観が見られ、聖書と同世代にこのような思想が世界各地に生まれたことは注目すべき点である。古代の人間が「人間の自己中心性」に対して敏感になっていたといえるからである。共同の規範としての自然法の破棄、つまり自己中心的に生きることは共同体を破壊し、無秩序状態を引き起こす。古代の人間達だけでなく、私達も自己中心性に対して敏感にならざるを得ない例では、環境問題が挙げられる。「共生のルール」を破ると、人類は自らをも苦しめることにつながる。ホッブズは人間を「性悪」であると捉えており、自己利益を求めて行動しているとしている。このホッブズの人間観は他に対する態度に秘められた自らの自己利益を意識させてしまうため、私達に衝撃を与えたが、ホッブズがここで「性悪説」を取り入れたのは、「自然状態では闘争がおこる」ことを示すためだったともいえる。ここからコモンウェルスの重要性を導き出した。つまりホッブズはエゴイスティックに人間を描くことで逆に共生によってのみ救われる人間の姿を映し出したのである。

     
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