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ヴント『心理学概論』
ジェームズ『心理学原理』
「原典による心理学入門」南博(講談社学術文庫)

発表者:万仲
06/01/99

レジュメ
文責:万仲龍樹(06/05/99 update)



1 ヴントとジェームズの心理学の定義の違いを説明して下さい。

 ヴント
「心理学が、それ自体の方法を持っている一つの経験科学にまで発展して
きたからである。」(P.406)
「心理学が、その諸属性を研究しようとする表象は、自然科学がよってた
つ表象と同一である。一方、自然科学では除外される感情、情動、意志、
の主観的な諸活動は、特定な知覚器官を通じて知られるのではなく、
外部の諸対象に関係する諸表象とわかちがたく結びついているのである。」
(P.406)
「経験内容の全体を主体との関係において、また、この内容が主体から直
接導き出される諸属性について研究するのである。」(P.407)
「直接経験の科学として心理学は自然科学を補完する。」(P.409)
「直接的な人間経験の普遍的な諸形態と、一定の法則に従うそれらの結合
に関する科学として心理学は精神諸科学の基礎である。」(P.409)
「心理学は理論的な知識だけではなく、実際的な行為の土台にもなっている、
主体的条件と客観的条件の両者を同様に考慮し、その二つの条件の相
互関係を決定しようと試みる。」(P.409)

心理学とは一つの科学であり、それは自然科学の対象の捉え方と異なった
視点を持つという意味で異なるのである。だから、自然科学の補完的
科学なのである。また、人間の直接経験による行為とその結果を扱うこ
とから、精神諸科学の基礎である。さらに、主体と客体の問題を扱うと
いう点で、哲学の準備的な経験科学なのである。
心理学は実験と観察という方法によって、心的過程の構成を研究する。


 ジェームズ
「自然科学の立場から遠ざからないようにした。」(P.437)
「思い(意識)の流れを実体として扱い、ただそれと大脳過程との共存と
いう法則だけを、心理学の根本法則とみなすことにする。」(P.439)
「心理学は、精神生活の現象と条件に関する科学である。」(P.439)
「心理学者の最も興味ある課題は、この諸条件の探求である。」(P.441)
「大脳生理学のある部分が、心理学の前提であり、あるいはそれに含まれ
なければならない。」(P.442)
「また、別な意味では心理学者は、神経生理学者としても、ある役割を果
たさなければならない。」(P.442)
「心理学者が研究する心は、実在の空間と時間の中に、一定の部分を占める
、ひとり、ひとりの個人の心である。」(P.444)

心理学は科学であり、またその対象は個人の心であるから、個人心理学で
ある。その研究は、思い(意識)がどのように変化するかという条件
の探求であり、またそこに大脳生理学や神経生理学などの研究も含むも
のである。

以上より、両者の定義が見えてきたわけであるが、まず、ヴント・ジェー
ムズともに、心理学を自然科学として捉えている。
ヴントは学問全体の中の心理学の果たすべき役割を重視していたと考える
ことができる。それはよりアカデミックな学問として心理学を捉えて
いたと言うことができるだろう。また、その方法論の上からも、個人心
理学をこえて民族心理学などの分野へ進むことになった。
一方ジェームズは、学問全体の中の心理学の位置づけという点よりも、心
理学自体について考えた、だからこそ、個人心理学にこだわるし、形
而上学的なものと自分の立場を明確にわけていると考えることができる。



2 P.417で5つの心的過程をあげています。それぞれについてどのような関係があるか説明して下さい。

T心的要素
「心的経験の内容は、すべて、複合されたものである。したがって、心的
要素、あるいは心的現象の、最も単一でそれ以上還元できない成分は
、分析と抽象の産物である。」(P.418)
・客観的経験内容:感覚要素あるいは単に感覚
・主観的要素:感情要素あるいは単純感情である。

U心的複合体
「「心的複合体」とは、直接経験に含まれる合成された構成分である。」 「実体ではなく、刻々に変わる過程であり、多くの研究で不可欠の、意図
的な抽象によってのみ、ある一定の時点で、固定しているとみなされ
るのである。」(P.419)
「その複合体に固有の、新しい諸属性が、それらの要素の結合の結果現れる。」(P.420)
「諸感覚から合成される複合体を表象と呼び、主として感情要素からなる
複合体を「感情運動」とよぶ。」(P.420)

V心的複合体の相互連関
「心的諸過程の連関を意識と呼ぶ。」(P.421)
「無意識の状態、あるいは何か無意識過程というものを仮定するのは、心
理学にとって、まったく非生産的である。」(P.422)

W心的発展
「人類の発展は早期から共同体が全体として発展できるように、個人を彼
の心的環境と結び付け、生理的な欲求の充足と様々な精神的な目標追
究とを同時に助けるものである。」(P.422)
「人類という一般的な精神的共同体の概念の形成である。」(P.422)
「すべての精神共同体がその発展のはじめに最も必要とする条件と、その
後の発展でつねに働いている要因は、言語の機能である。」(P.423)
「このような結合のもたらす心的生産物は、その傾向の萌芽だけが個人の
内部にあるのであり、そうしてその結合が個人の発展を非常に早い時
期に規定するから、集合意識も個人意識とまったく同様に心理学の対象
になるのである。」(P.424)
「純粋観察は個人心理学では不可能である。純粋観察が可能なのは、観察
によっても変化しない比較的不変の自然事象と、同様な注意によって
変化しない心的対象があるような条件にのみ可能である。そのようなも
のは、言語、神話の諸観念、諸慣習のような歴史的に形成されてきた「
精神的生産物」である」(P.413)

人間の心的発展が外界との相互作用の中に見出されるということは、そこに
、精神共同体というものを考える必要性が出てくる。その精神共同体
は言語によって生み出され、また発展するのである。

X心的因果性の原理と法則
人間の行動の原因がどのようにして生まれてくるかについての法則

・心的結果の法則
「すべての心的複合体は、その構成要素がいったん提示された後、その要
素の属性から理解できるような属性を持っている。その属性は構成要
素の属性の単なる総計では決してない。ここから、創造的総合の原理が
現れる。」(P.425)

・心的関係の法則
「心的結果の法則を補うものである。それは、心的連関の構成要素とその
なかに表現されてくる価値内容との関係についてではなく、個々の要
素間の相互関係に関するものである。このように心的結果の法則は意識
の総合過程にあてはまり、心的関係の法則は分析過程にあてはまる。」(P.426)

・心的対照の法則
「心的関係の法則を補うものである。心的内容相互の関係に関するもので
ある。それは直接経験の内容を、客観的および主観的な構成要素に分
ける基本的な区別に基づいている。主観的構成要素はすべて、二つの対
立する質からなりたっているグループに分けられる。」(P.426)

・心理的発展の法則
「他の法則と同様にすべての心的経験の内容に適用されるわけにはいかない。
それはただ、心的結果の法則が適用される限られた、条件の下で、つ
まり諸過程の連続性の条件下でのみ適用される。」(P.427)

・目的異化の法則
「次々に起きる創造的総合の産物として、心的複合体の個々の部分的内容
間の諸関係に現れる変動をコントロールする。」(P.428)
「実際の効果と表象された目的との関係では、最初の目的表象にはなかった、
第二次的な効果がつねに表れるのである。」(P.428)

・対立物への発展の法則
「対照による強化の法則の、より包括的な相互結合としての心的発展への
適用である。」



3 「思い」と「自我」の関係について説明して下さい。

「心理学がその出発点で要請できる唯一のものは、思い自体という事実だ
けである。」(P.455)
「我々は、思いの流れ、意識の流れ、主観的な生の流れと呼ぶことにしよう。 」(P.456)
「最も広い意味では、人間の自我は、彼が<自分のもの>とよぶことので
きるものの一切である。」(P.456)
「自我の意識は一つの思いの流れを含む。」(P.459)
「<私>の中核は、常に、その時ごとに存在すると感じられる身体的な存在である。」(P.459)
「「自分」は刻々に変わる一つの思いであり、もし移り行く思いが、どの
学派からも未だかつて疑われたことのない、直接検証できる「存在者」
であるならば、思いがそれ自体思うものなのであり、心理学はそれ以
上を考える必要はない。」(P.459)

「思い」とは心理学で取り扱うべき出発点であり、決して単純感覚などで
はない。その「思い」はながれゆくものであり、断片的に現れるもの
ではない。そして、自我は客観的に知られたものの経験的な総体であるが、
それを知る自分、つまり思いは、それ自体では一つの総体にならない。



4 ヴントとジェームズがこれまでの心理学と異なっているところを説明して下さい。

自然科学的な方法を用いていること、つまりは実験と観察の重視。
例えば、アリストテレスとの違いを考えてみる。アリストテレスは魂の能
力を分類・規定した。しかし、ジェームズはそのような能力ははじめ
からあるのではなく、人間の心の移りゆき、様々な条件の中で始めて生
まれてくるものとした。ヴントもそのような能力の要素を探っていった。



5 上の問題に関係して、どうしてそのように異なるのでしょうか?その原因、必要性などを考えて下さい。

実証主義、科学の発展によって、大脳生理学や神経生理学などの分野が目
覚しい進歩を遂げた。そのことが、心理学にも影響を与えたと考える
ことができる。哲学の分野としての心理学、精神哲学から、心理学が独
立した学問になったことを意味する。これは近代において、神学および
形而上学が求心力を失ったことと関係している。

通常科学としての心理学。(トーマス・クーン「科学革命の構造」みすず書房)
「はじめから特定の未完成の分野において発見されるべき成果を約束する
ことにおおいにかかっている。通常科学とは、こういう約束が実現さ
れる過程のことである。」(P.27)
「たいていの科学者が生涯をかけるのは、こういう後始末的仕事である。」(P.27)
「このような仕事は、パラダイムが支えるお仕着せの、かなり融通の利か
ない鋳型に自然をはめ込む試みである。通常科学の目的には、新しい
種類の現象を引き出すことは含まれてはいない。」(P.27to28)
「パラダイムに対する革新から生じるこのような視野の限定は、科学の発
展に本質的なものなのである。極めて専門的な問題の小さい分野に注
意を集中することによって、パラダイムは科学者をして、自然のある部
分を、かつて考えられないほど詳細に深く探求させるのである。そして
通常科学は、そのもとになるパラダイムが有効に機能しなくなれば、そ
の研究視野の限定をゆるめる方向にむくような機構を蔵している。」(P.28)

このように、通常科学の特性として一つの分野を徹底的に詳細に研究する
ことが挙げられる。個別化した自然科学としての心理学はそのような
中で、形而上学からの影響を排して、心理学として個別の領域を深めて
いくことができるようになった。



6 フロイトはヴントとジェームズよりもすこし後に活躍しています。フロイトは彼らとはどのように異なるでしょうか。

フロイトの心理学の根幹には「無意識」というものがある。これは、人間
の行動には理性的なものだけでは説明がつかないような、例えば、健
常者の失錯行為や夢などを説明するためのものである。しかし、ヴント
やジェームズ(ジェームズはフロイトを評価していたが、)では、人間
の行動は心的要素もしくは思いの流れによって説明できるとした。



<提題>
なぜ、ヴントとジェームズはその著作のはじめでそれ以前の心理学につい
て徹底的に批判しているのでしょうか?


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