聴覚障害 1.聞こえのしくみと難聴 図1 音の伝達と難聴の関係 耳(耳介)から音が入ると、鼓膜、耳小骨(じしょうこつ)、蝸牛、聴神経、脳の順番で音が伝わっていく。 耳介の部分を外耳、鼓膜と耳小骨を中耳という。外耳から中耳のいずれかに障害があることを「伝音(でんおん)難聴」と言う。 また、蝸牛の部分を内耳と言い、内耳から聴神経のいずれかに障害があることを「感音(かんおん)難聴」と言う。 (1)外耳  わたしたちが通常「耳」と呼んでいるのは「耳介」のことで、耳の機構のほんの一部にすぎません。耳介は軟骨でできていて、血管も脂肪層もあまりありません。寒さがきびしくこたえるのは、このせいです。また、耳介をよく見てみると、なぜこんなに不思議な形をしているのかと思いますが、音楽をイヤホンで聞くときや、補聴器を装用するときに耳介がないとたいへんです。  耳の穴と呼ばれる外耳道の奥行きは、おとなで約3センチメートルあり、まっすぐではなく少しS字型に曲がっています。直径は鉛筆の太さと同じくらいですが、半分ほどいったところでいったん狭くなっています。  外耳道の中には細かい毛が生えていて、これが、乾いた耳垢や皮膚のカスを外に運びだす働き(自浄作用)をしてくれています。外耳道の入口付近の軟骨は厚い皮膚で覆われていますが、奥の側頭骨との境には薄い皮膚があるだけですから、耳掃除のときには注意を要します。また、外耳道の入口からいったん狭くなるあたりの底部には、刺激するとセキが出る神経が通っています。綿棒を使ったりすると、反射的にセキが出るのはこのためです。  外耳道の奥は鼓膜に突き当たります。鼓膜は高さ9ミリ、幅8ミリほどの大きさの楕円形で、奥に向かって少しへこんだ凹状になっています。普通、向こう側が透けて見えるくらいの半透明で、真珠のような色をしています。厚さはティッシュペーパーほどで、3層になった比較的強い膜です。子どもの鼓膜は薄くて弾力があり、少しぐらい穴が開いても自然にふさがりますが、大人になるにつれて厚くて固いものとなり、穴が自然にふさがるようなことはなくなります。ここに述べた耳介から鼓膜までを、外耳と呼びます。鼓膜は外耳と、その奥の中耳とを分ける境界線となります。 (2)中耳  中耳には人体の中でもっとも小さいといわれる、耳小骨(じしょうこつ)という3つの骨があります。ツチ骨、キヌタ骨、アブミ骨と呼ばれるこの3つの骨は連鎖して、鼓膜から内耳との境である正円窓につながっています。そして、テコの作用をして圧力を高め、鼓膜のわずかな振動を中耳へと伝えるわけです。また、この耳小骨は、突然強い音が耳に入ったときに、そのショックで奥にある大事な内耳が破壊されないよう、弱音器の働きをして、安全弁の役割も果たしています。  中耳の下部と、鼻の後ろにあたる喉の上部とは、耳管という管でつながっていて、外の空気が中耳に通じるようにできています。耳管の働きがうまくいかないと、中耳内と空気圧とのバランスがくずれ、エレベーターの急激な昇降の際に体験するような耳の不快感を味わうことになります。  子どもの耳管は、短く太く、まっすぐ水平に通っているので、喉から中耳へ細菌が通って感染症を起こしやすくなっています。一方、おとなの耳管は普段は閉じていて、セキやクシャミをしたときや、ものを飲み込んだときに開放されます。しかも、長く弓状に、下向きに傾斜して通っているので、中耳にたまった液の排出にも都合がよいのです。 (3)伝音難聴  外耳から中耳まで音が運ばれてくる間の、聞こえのしくみをまとめてみると、まず、集音作用をするのは耳介です。また両方の耳介が音の方向の判断をしやすくしてくれます。外耳道を通る音には共鳴効果が加わって、2000〜3000ヘルツにかけての高音域に自然の増幅効果が与えられます。  空気中を伝わってきた音の振動は、鼓膜に集められて「音響エネルギー」に変換されます。鼓膜までやってきた音響エネルギーは、中耳の耳小骨と呼ばれる3つの骨の連動により「機械エネルギー」に変換されます。そしてさらに、耳小骨の動きが内耳との境にある正円窓に伝わると、内耳のリンパ液に波動を生じさせます。ここで「機械エネルギー」を「水力エネルギー」に変換するわけです。ここまでの仕組みに障害が起こると音が聞こえにくくなります。耳垢がつまって外耳道をふさいでしまったり鼓膜の動きが悪くなったりすると、音の物理的エネルギーが、途中で妨害を受けて伝わりにくくなってしまうからです。これが「伝音(でんおん)難聴」です。伝音難聴のほとんどは医学的に治療が可能です。 (4)感音難聴  耳のもっと奥にある内耳や聴神経などの障害で聞こえなくなる難聴は、「感音(かんおん)難聴」と呼ばれ、医学的に治療が可能な「伝音難聴」とは区別されています。感音難聴は一般に、医学的な治療によって聴力を回復させることは困難で、治せない難聴といわれます。  内耳には蝸牛があります。カタツムリのように約3回転の螺旋形をした蝸牛は、大豆ほどの大きさで、渦巻きの管をのばすと3センチほどの長さになります。この管の中にはリンパ液が満たされていて、中耳に集められた音によって波動を生じます。蝸牛の内側にびっしりと並んだ有毛細胞はこの波動を感知して、電気的エネルギーに変換します。  音を分析する働きをも持つ有毛紳胞は、よくピアノの鍵盤にたとえられます。しかし、ピアノには88個しかキーがありませんが、蝸牛には1万5000個以上のキーが並んでいます。ピアノでは7オクターブちょっとの周波数の範囲が弾けますが、蝸牛では、ピアノより1オクターブ低い音から2オクターブ高い音まで、有毛細胞のキーが割り当てられています。蝸牛の入口付近には非常に高い音を受け持つキーが並んでいて2万ヘルツもの高い周波数に反応するようにできています。奥の方にいくにつれて約20ヘルツまでの低い周波数の音を受け持ちます。  これら有毛細胞の先には4万本もの聴神経が電線のようにつながれていて、音の情報を脳に伝えます。音を受けとった脳は、それらを認識できるように処理し、意味のある言葉や音楽などとして理解するのです。内耳から脳までの道のりに障害があっても、音は聞こえにくくなります。伝音難聴は「音の損失」と言われるのに対し、感音難聴は「聴覚の損失」だといわれます。 (5)混合難聴と老人性難聴  いわゆる老人性難聴は、耳から入った音が大脳で理解されるまでの道筋のすべてに老化が始まって起こるものです。伝音難聴と感音難聴の両方にまたがったものを「混合難聴」といいますが、老人性難聴はどちらかといえば感音難聴に近いものの、混合難聴の特徴も合わせ持っています。年をとると鼓膜や耳小骨が固くなって動きが悪くなり、音の伝達効率が低下してきます。有毛細胞や聴神経の数も減り、大脳での音の情報を処理するスピードも遅くなります。老人性難聴では、聴覚器官の部分部分の不利はわずかであっても、聴覚経路を進むにつれて障害が蓄積されてしまい、音の感受性が相当悪くなってしまうという結果を招きます。 (6)子どもの難聴とおとなの難聴  心身ともに発達中の子どもに聴覚障害が起こると、それが早い段階であればあるほど、言葉を話す能力や、理解力、表現力の発達が遅れるなどの学習、および性格形成にもかかわる精神的な影響が深刻なものとなります。重い難聴に比べて、軽度から中等度の子どもの難聴の発見は遅れることがあります。聞こえているように見えるし、言葉もとりあえず発達しているように見えるからです。しかし、音としては聞こえていても、意味を理解しにくいままの状態であったり、場合によっては音声の一部が聞こえないまま成長し、後になって言語発達の問題に気がつくこともあります。子どもの難聴が「言語を獲得することの障害」をもたらすのに対して、すでに言語を獲得しているおとなの難聴は「情報を獲得することの障害」であるといわれます。  おとなであれ子どもであれ、難聴は人とのコミュニケーションに障害をもたらすものですが、人生の中途で難聴になった人の悩みは、まず周囲からの音声情報が入りにくくなることです。相手の言っていることがわからない。みんなが知っていることを、自分だけ知らされなかった。そこで、もう一度言ってもらったり何が起こったのか尋ねてみる。しかし、聞き取りにくいので、また繰り返してもらう。そして、なんとか理解したつもりでいたら、聞きまちがえていたらしく、とんちんかんな応対をしてしまった。このようなやりとりが続くうちに、相手もうんざりしてしまうのです。難聴者にとってやりきれないのは、聞こえないことそのものより、話が通じないと、相手にやっかいな人間だと思われ、コミュニケーションが閉ざされてしまうことなのです。   執筆者 大沼 直紀(おおぬま なおき) 筑波技術大学学長 2007年8月1日第2版 以下クレジット 発行 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) URL http://www.pepnet-j.org 郵便番号305-8520 住所 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター支援交流室 聴覚系WG 内 担当 白澤麻弓 E-mail pepj-info@pepnet-j.org 以下添書き PEPNet-Japanは筑波技術大学の運営による高等教育機関間ネットワークで、文部科学省特別教育研究経費を用いて運営しています。活動にあたっては、一部日本財団の助成によるPEN-Internationalからの支援を受けています。本シートは、アメリカ北東地域テクニカルアシスタントセンター(PEPNet-Northeast)の作成によるTipSheetを基に、PEPNet-Japanが独自に作成したものです。本シートの内容の無断複写・転載を禁じます。