情報保障の手段 1.様々な情報保障の手段  聴覚障害学生に対する情報保障の手段は、個々の学生の教育歴やコミュニケーション方法・言語、聴力レベルなどの要因によって、ニーズが異なります。文字情報や手話通訳をつければ情報保障の問題がすべて解決するわけではなく、各機関の情報保障支援のコーディネーター担当者が聴覚障害学生からニーズを把握し、それぞれの授業における支援方法を検討していく必要があります。   現在、日本の高等教育機関において行われている聴覚障害学生の情報保障において、その代表的なものには、ノートテイク、パソコン要約筆記、OHP要約筆記、音声認識ソフトの活用などの「文字による支援方法」、「手話による支援方法」が挙げられます。文字や手話による情報保障以外にも、教員の授業の進め方によって、「その他の様々な情報保障の手段」を活用していく方法があります。 2.文字による支援方法 (1)ノートテイク  ノートテイクは、聴者のノートテイカーが教員の話をルーズリーフなどの紙に書き取っていく方法です。「ノートテイカー」とは、ノートテイクの担当者のことです。例えば、1コマ90分の授業とすると、ノートテイカー1名だけで全ての時間を担当することは、手指や腕などの筋疲労や精神的な負担が大きく、非常に困難であるため、一般にはノートテイカー2名を配置し10〜15分ごとに交代しながら、ノートテイクを進めます。2名のノートテイカーたちは、下図のように聴覚障害学生の両側の座席に位置し、情報保障を行っていきます。 図 ノートテイカーの位置 中央に聴覚障害学生が座り、その両脇にノートテイカーが1名ずつ座っている  ノートテイクには、教員が話している内容を、雑談なども含めて、できるだけたくさん書き上げていく「通訳としてのノートテイク」と、手話通訳を活用するときに授業内容をコンパクトにまとめていく「記録としてのノートテイク」の2種類があります。通訳としてのテイクの場合、ノートテイカーは交代しながら進めていきますが、一人はテイクを、もう一人は教科書や資料の指示をすると良いでしょう。ノートテイカーは、教員の話をうまくまとめながら、できるだけたくさんの情報を書き取っていくことが望まれます。熟達したノートテイカーの場合、1分間に60〜70字程度の文字の書き取りが可能となっていきます。  ノートテイカーは学外派遣者や学内の学生などが担当しますが、学生がノートテイクを担当する場合、授業を履修しない学生が担当することが前提であることを理解してほしいと思います。この場合、情報保障者と学習者の2つの役割を担った結果、授業内容が理解できなくなり、単位を落としてしまうことになりかねません。この点は、十分に留意してほしいものです。 (2)パソコンノートテイク  パソコンノートテイクは、ノートテイクの代わりに、ノートパソコンのワープロソフトを使って、教員の話を入力していく方法です。手書きのノートテイクと違って、パソコンノートテイクの場合、プロジェクターなどの字幕出力機器とスクリーンを活用すれば、一度に多数の聴覚障害学生に情報保障を行うことができます。1名でパソコンの文字入力の作業を進めることは疲労度が高くなってしまうため、2名1組で情報保障を行っていくことが望ましいです。  ワードやテキスト文書などに、入力者が文字を入力していく方法もありますが、最近は、IPtalk(アイピートーク)等のフリーソフトを利用して情報保障をすすめるケースが増えています。この場合、入力者2名はそれぞれ1台のノートパソコンを用意してケーブルの接続をします。アイピートークを活用すると、入力者はお互いの入力の様子を見ながら、聞き取った内容を連係して入力していくことができます。  パソコンノートテイクの場合、入力者の入力速度にもよりますが、少し練習すれば1分間に100字以上の入力は可能で、熟練した入力者は1分間に200字以上の文字入力が可能となります。2名で連係して入力すると、さらに多くの情報を入力できることとなります。 (3)OHPノートテイク  OHP(オーバー・ヘッド・プロジェクター)を利用したノートテイクで、一般的には、2名以上の筆記者によって文字情報を書き取っていき、大型のスクリーンにその文章を拡大投影していきます。OHPノートテイクは、同じ授業を複数の聴覚障害学生が履修する場合、一度に情報保障を行うことができます。最近は、OHC(オーバー・ヘッド・カメラ)を使用し、テイクした文章だけでなく、資料や図表、写真なども、すべてスクリーンに拡大して映し出す機器も活用されるようになってきました。 (4)音声認識ソフトによる音声同時字幕システム  音声同時字幕システムは、話者の音声をパソコンの音声認識ソフトを活用して文字化し、パソコンの画面やスクリーンなどに文字を表示するシステムです。現在では、国際会議などでの字幕、放送局の字幕システムなど、様々な場面で利用されています。現在の音声認識技術では、あらかじめソフトウェアに声の特徴などを登録しておくことによって認識率を高める方法がとられています。  このシステムでは、音声認識ソフトの特性を活かして、話者の声を直接認識させるのではなく、特定の訓練された人(同時復唱者)が復唱して認識させることで字幕精度を上げ、実用化しています。また、同時修正者が誤変換を修正する作業を入れることでさらに精度の高い字幕を提供することができます。  同時復唱のみを行う場合は、最初に、同時復唱者が復唱し、コンピュータが音声認識して文字化します。 その後で、文字を利用者のパソコンやスクリーンなどに表示します。  同時復唱と同時修正を行う場合は、最初に、同時復唱者が復唱し、コンピュータが音声認識して文字化します。次に、同時修正者がソフトウェアを使って誤認識のあった箇所を正しい内容に修正します。 最後に、修正された文字を利用者のパソコンやスクリーンなどに表示します。 3.手話通訳  手話通訳による情報保障とは、授業担当の教員の話や学生の意見・質問、視聴覚機器の音声などの情報を手話に変換して通訳することや、聴覚障害学生の手話を音声に変換して通訳することです。しかし、手話通訳による授業保障のほとんどは、授業で話される教員の話を手話によって通訳するケースです。この場合、手話通訳者の手話スキルが高ければ、聴覚障害学生は、ノートテイクやパソコン要約筆記よりも、多くの情報を確実に得ることができます。専門性が高い手話通訳者は、学内にも、各地域にも非常に少ないため、人材の確保とその養成が 課題となっています。  一般的に、ノートテイクなどと同様、手話通訳者は15〜20分ごとに交代しながら通訳を進めます。この手話通訳者は、聴覚障害学生の前に位置し情報保障を行っていきます。手話通訳を行う位置は、話し手と手話通訳が同時に視野に入り、通訳者にとってその声が聞こえやすい場所を選びます。 4.その他の様々な情報保障の手段 (1)板書  聴覚障害学生が理解しやすいように、講義担当の教員に、板書を多くする支援をしてもらうようにします。特に、講義において初めて登場する専門用語などは、必ず板書してもらうようにお願いをします。 (2)講義資料  たくさんの情報を板書しながら講義を進めることは、教員にとって手間がかかり、時間も多くとります。そのため、事前に、用語を説明した資料や、講義の流れを書いた資料を配布することで、聴覚障害学生に限らず、一般学生にも理解しやすい講義が進行できることを、講義担当の教員に理解してもらうとよいでしょう。 (3)ビデオやDVDの字幕  ビデオやDVDは字幕が付いたものを、できるだけ、積極的に活用してもらうようにします。教員がビデオなどを視聴させながら、説明を加えることは避けてもらいます。ノートテイクや手話通訳による情報保障においては、映像の音声と教員の音声を同時に翻訳することはできません。字幕の付いたビデオやDVDがなければ、機器を使って字幕を付けたり、音声情報を書きおこして資料を作成する情報保障の方法もあります。 (4)FM補聴器の貸し出し  FM補聴器は、イヤホンとマイクがセットになっており、マイクに入った音はFM電波でイヤホンへと飛んできます。一般の補聴器では、話している人から遠ざかるほど、その人の声は聞こえにくくなりますが、FM補聴器の場合、講義担当の先生に、マイクをつけてもらえば、多少離れた座席でも、声をはっきりと聞くことができます。周りの雑音まで大きく聞こえて煩わしいという悩みからも開放されます。FM補聴器を聴覚活用が可能な聴覚障害学生に貸し出すことで、情報保障を行っている高等教育機関もあります。 執筆者 岩田吉生(いわた よしなり) 愛知教育大学障害児教育講座専任講師 2007年8月1日 第2版 以下クレジット 発行 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) URL http://www.pepnet-j.org 郵便番号305-8520 住所 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター支援交流室 聴覚系WG 内 担当 白澤麻弓 E-mail pepj-info@pepnet-j.org 以下添書き PEPNet-Japanは筑波技術大学の運営による高等教育機関間ネットワークで、文部科学省特別教育研究経費を用いて運営しています。活動にあたっては、一部日本財団の助成によるPEN-Internationalからの支援を受けています。本シートは、アメリカ北東地域テクニカルアシスタントセンター(PEPNet-Northeast)の作成によるTipSheetを基に、PEPNet-Japanが独自に作成したものです。本シートの内容の無断複写・転載を禁じます。