手書きノートテイクその特徴と活用 1.ノートテイクの目的  ノートテイク(notetaking)は、教育現場において、障害のある学生に教員の声などの音声情報を伝える「適切な配慮(reasonable accommodation)」の1つです。大きく分けるとノートテイクには、手書き、そしてパソコンの活用という2つの方法があります。  そのほかにも音声認識ソフトウェアを活用したシステムが試みられています。  ノートテイクの目的は、情報コミュニケーション支援を通じて、障害のあるなしにかかわらず、すべての学生に学習環境を保障することにあります。教室内に情報弱者を作らないための情報バリアフリー支援策の1つともいえます。  ノートテイクは自らノートをとることが難しい上肢障害の学生や、板書が見づらい弱視の学生などにも有効ですが、聴覚障害学生にとっては、教員が発する音声情報の伝達にとどまらず、授業の場に参加しているという意識を共有するためにも欠かせない方法です。たとえば、教員の発言にすべての学生が静まりかえる、質疑応答を通じて理解を深めていく、教員やクラスメートの冗談によってクラスが笑いに包まれるなど、その場のいきいきとした雰囲気のなかで学生は学びます。単に座っているだけでは授業に参加したとはいえません。  そこで、ノートテイカーはクラスの状況を文字情報によって補完的に伝えるという役割を担います。授業で教える内容のみを筆記あるいは入力すればよいというわけではありません。要点を記した記録を渡すのであれば、友人のノートをコピーすれば十分でしょう。音声を文字によって伝える場合、どうしてもタイムラグが生じるだけに、その場に参加しているという確かな気持ちにつながるような、言い換えれば参加意識を共有できるような工夫が欠かせません。同じような社会福祉サービスに要約筆記がありますが、高等教育機関におけるノートテイク活動は、きわめて専門性が高い、学生にとっては授業の記録ともなる、ノートテイカーが教育機関の設けたルールにしたがって活動するという点を特徴とします。なお、教育機関によっては「ノート持込可」の試験に際して、ノートテイカーの筆記したノートの持込を認めないところもあります。これは学生自らがノートを取ることも授業内容を理解するための重要な方法と位置づけているからで、聴覚障害学生はノートテイカーの記録をもとに再構成した自分のノートを活用することになります。  このようにノートテイクの目的や対象、方法などを明確に意識した上で、障害のある学生の支援活動の一環として、教育機関自らがその導入に取り組む必要があります。書き方や実技指導を内容とする養成講座の実施はもちろん、ノートテイクの運営に至るまで教育機関が責任を負います。講座の受講者は地域住民、在学生などですが、とりわけ前者の場合は教科書や参考文献のコピーやレジュメを事前に渡すなど、専門的な知識を確実に伝えるための事前準備が学校側に欠かせません。また在学生がノートテイク活動を担う場合はその授業をすでに履修済みの(可能であれば優秀な成績をおさめた)学生がテイカーとして活動することが望ましいでしょう。以下チェック項目をあげておきます。 障害学生とノートテイクの必要性について話しあったか。 組織として支援活動に取り組んでいるか。 全教職員に支援体制の説明をしたか。 ルールに基づいて活動を実施しているか。 ノートテイカーのローテーションを含む調整役の存在。 利用者が見やすい席の確保、電源等を確認したか。 全学生に支援の理念と方法について周知したか。 地域のボランティアサークル等の協力を求めたか。 定期的にノートテイカーとの協議を実施しているか。 定期的に利用学生との面談を実施しているか。 ノートテイクされた内容を評価する仕組みの存在。 ノートテイカーを対象とする研修会等の存在。 ノートテイカー養成講習会の定期的な実施。 2.手書きによるノートテイクの特徴  手書きによるノートテイクは、ノートテイカーがルーズリーフ用のノートなどに、水性ペンやボールペンで文字を素早く筆記します。教員の発言を聞きながら、その要点を素早く、読みやすく書くことがポイントです。話しことばを一言一句、正しく書こうとしてはいけません。  通常、ノートテイカーは2人1組となって、聴覚に障害のある学生の両隣に座り、ノート数枚ごとに、あるいは10分程度で交代しながら筆記します。学生は、筆先を目で追いますので、見やすい位置にノートを置きます。発話速度と筆記速度の差を埋めるためには次のような工夫が欠かせません。(次図参照) (1)略号、略記の活用  たとえば「行動主義的な学習理論」など、専門用語が頻繁に登場することが分かっていれば、あらかじめノートの上段に略号(行=行動主義的な学習理論)を明記します。「生活保護」を「生保」と略記する場合も同様です。筆記中に、しばしば登場する用語について急遽、略記や略号を決める場合もあります。 (2)記号の活用  略記、略号の活用のほか、繰り返し登場する言葉などは矢印を活用して効率的に示します。 (3)カタカナの活用  画数の多い漢字や漢字が分からない固有名詞などはカタカナで筆記します。ただし、漢字で書く余裕がない場合に限ります。 (4)箇条書きの活用  手書きによるノートテイクの表記上の基本は、「素早く、ひと目で情報が入手可能な表記」にあります。この点は文字量が多く、どちらかといえば話しことばに沿って入力するパソコン、とりわけ連係入力には見られない特徴です。 (5)訂正は明瞭に  訂正するときは、はっきりと二重線で訂正し、正しい言葉を上の行に書きます。 (6)句点を忘れずに  とかく忘れがちな句点は、文章が完結したことを示すために欠かせません。意識的に句点を書く癖をつけましょう。 図:ノートテイクの実例写真 (ノートテイクされたルーズリーフの写真) 太田「ノートテイク(要約筆記)支援ソフトの設計と活用」『静岡福祉大学紀要 第2号』(静岡福祉大学、2006年)参照。 (7)話の要点を中心にまとめる  要約作業は大きく2つに分類することができます。話をまんべんなく抽出した大意と、話のポイントや狙いを的確に抽出した要旨です。手書きのノートテイクでは、まんべんなく書き続けることは難しいため、大意を基本としながらも、要旨を意識し提供する力が求められます。したがって、教員のことばの使い方に敏感になりましょう。たとえば、「要は」「つまりは」「結局」などに続く結論部分を確実に文字化しましょう。「しかし」「したがって」「一方」など、論理的な構造を明示する接続詞にも注意を払いましょう。  さて手書きの場合、伝達できる情報量が話しことばの10分の1程度と情報量が限られますので、その授業の内容に対する理解と的確に要約する力が欠かせません。しかし、能力の高いノートテイカーが筆記したノートは、非常に整理され、重要部分がきっちりと書かれていますので、聴覚に障害のある学生への支援方法としては大変有効です。  2人以上の利用者に情報を提供するときは、ノートをビデオやウェブカメラで撮影し、モニター画面に表示する方法や、ビジュアルプレゼンター(書画カメラ、OHCとも呼ぶ)を活用する方法もあります。 3.ノートテイクの評価  ノーテイカーを用意するだけでは、聴覚障害学生の学習を保障したことにはなりません。実際に書かれた、あるいは入力された内容を評価する仕組みが重要です。ノートテイカーのノートを評価し、現任研修等を通じてその技術を高めていくことによって、ノートテイクの課題も明らかになります。そのノートに書かれた内容に基づいて、その学生は受験し、単位を取得するのです。ノートテイカーの誤記や情報のもれが新たな差別をもたらすことのないよう、教員の協力も欠かせません。教員側の直接的な配慮とノートテイカーによる間接的な配慮が相まって、はじめて適切な配慮は実現します。  直接的な配慮のなかには、ビデオなどの補助教材を使用する場合に字幕が付与されているかどうか確認する、ノートやパソコン画面を見ながら講義に参加する学生のために、指示代名詞を使わず、具体的な名詞を使うなどが含まれますが、何よりも大切なことは聴覚障害学生を障害ゆえに特別扱いしないという点です。ノートテイクを含む学生への支援は、決してその学生の成績を保障するものではありません。そうではなく、障害のあるなしにかかわらず、授業に参加する権利をもつ全ての学生に、その機会を平等に提供する仕組みなのです。 執筆者 太田晴康(おおた はるやす) 静岡福祉大学社会福祉学部教授 2007年8月1日 第3版 注:本文中でも触れたが教育機関におけるノートテイク活動は、社会福祉サービスの「要約筆記」活動と同一ではない。身体障害者福祉法施行規則に明記される法定事業としての要約筆記は所定のカリキュラムの修了者を登録条件とし、障害者の地域生活支援事業を推進する担い手として位置づけられている。したがって教育機関独自で、文字による情報保障者を養成する場合は、要約筆記の名称ではなくノートテイクがふさわしいと思われる。 以下クレジット 発行 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) URL http://www.pepnet-j.org 郵便番号305-8520 住所 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター支援交流室 聴覚系WG 内 担当 白澤麻弓 E-mail pepj-info@pepnet-j.org 以下添書き PEPNet-Japanは筑波技術大学の運営による高等教育機関間ネットワークで、文部科学省特別教育研究経費を用いて運営しています。活動にあたっては、一部日本財団の助成によるPEN-Internationalからの支援を受けています。本シートは、アメリカ北東地域テクニカルアシスタントセンター(PEPNet-Northeast)の作成によるTipSheetを基に、PEPNet-Japanが独自に作成したものです。本シートの内容の無断複写・転載を禁じます。