パソコンノートテイクその特徴と活用 1.文字による適切な配慮  近年、注目されているノートテイク(notetaking)にパソコンを活用した方法があります。比較的、歴史が新しいだけにパソコン通訳、パソコンテイク、パソコン要約筆記など、さまざまな名称で呼ばれます。いずれにしても市販のノートパソコンを活用し、ノートテイカーがキーボード入力によって、音声を文字化し画面に表示する点は変わりません。このチップシートでは、パソコンノートテイク(computer-assisted notetaking)という名称に統一します。キーボードを素早く入力できる人であれば、手書きの3倍以上の情報を伝達することができます。したがって、多くの情報を素早く得たいという学生の要望に応える方法であり、専門用語が頻出する大学の授業では、かな漢字変換ソフトの単語登録機能や専門辞書の活用といった工夫によって大きな威力を発揮します。  パソコンノートテイクには、1人の入力者が教員の話を要約しながら入力し、LAN(ローカルエリアネットワーク)接続した利用学生のパソコン画面に情報を表示させる「1人要約入力」と、2人の入力者が話しことばを聞きながら、数文節ごとに連係入力し、LANを通じて情報を伝える「連係入力」の2つの方法があります。  連係入力では、AさんとBさんが次のように入力文(下線部)を分担します。 Aさんの入力例:前回の講義では、学習の行動主義的な理論について、 Bさんの入力例:さまざまな学説を紹介しましたが、 Aさんの入力例:今回からは認知的理論を扱います。 その結果、表示される文字列: 前回の講義では、学習の行動主義的な理論について、さまざまな学説を紹介しましたが、今回からは認知的理論を扱います。  一方、1人要約入力では話を簡潔にまとめていくことから、AさんBさんと同じ文章を入力する場合、通常次のような要約した文字列を入力表示します。 1人要約入力例: 前回は学習の行動主義的な理論に関する学説を紹介したが、今回からは認知理論を扱う。  入力した文字列をLAN接続した利用者のパソコンに送信するためには送信用ソフトを活用します。なお入力者が文字列を確定すると同時に素早く利用者に送信する機能、手書き文字や図形を送信する機能、そしてルビを簡単に振るといった機能に特化したソフト「まあちゃん」(下図は表示画面の例)は次のサイトから入手できます。 http://www006.upp.so-net.ne.jp/haruyasu/newpage31.htm 写真:「まあちゃん」を利用したパソコンノートテイクの画面 その他のフリーソフトと入手サイト IPtalk(アイピートーク):http://iptalk.hp.infoseek.co.jp/ tach(タッチ):http://www2t.biglobe.ne.jp/~yusuitei/soft/ rtd2:http://hp.vector.co.jp/authors/VA006163/pccap/soft/  パソコンノートテイクでは、パソコンを立ち上げて文字を入力するといった基本的な知識に加えて、次のような専門的な知識と技術が必要とされます。 (1)素早い文字入力操作  手書きの筆記速度は漢字かな交じり文に換算しておおよそ1分間あたり60〜80字程度です。一方、パソコンの場合はタッチタイピング(手元を見ないで入力)ができるようになれば、最低でも手書きと同じぐらいの速さで文字を入力することができます。しかし、それだけではパソコンノートテイク活動は難しいでしょう。ミスタッチがあるとその訂正に気を取られ、話を聞くことがおろそかになるからです。そこでミスタッチのない入力操作に習熟することに加え、1人で話を要約し入力するためには1分間あたり100字(ミスタッチを除く)以上の入力速度が望ましいでしょう。また、連係入力の場合は、最低でも120字/分の速度、理想的には180字/分の入力速度が要求されます。 (2)ソフトの機能の活用  日本語を入力する際には、ソフトの機能を最大限に活用します。専門用語や頻繁に登場する言葉を単語登録しておけば、それだけ効率的に入力することができます。たとえば、発話者を明示する「先生/」という文字列を「s1」というキーワードで事前登録しておくといった工夫です。また、ATOKであれば省入力機能を活用することによって、繰り返し登場する言葉をわずかなキー操作で再入力可能です。 (3)LAN(local area network)の知識  パソコンノートテイクでは通常、障害のある学生のパソコンに文字データを送信しますので、パソコン同士の間でデータを送受信するための設定をおこないます。(「まあちゃん」のサイト中、「簡易マニュアル利用者用」参照) (4)話をまとめる力  1人要約入力では、話を聞きながら簡潔な文章にまとめると同時に、並行して素早く入力表示する技術が必要です。また90分を1人で入力し続けるコツ(手に負担をかけない入力方法や集中力)も身につけることが望ましいといえます。なお連係入力の場合でも、非常に速い話を文字化する際には、意味上のかたまりごとに1人で要約し、入力表示するといった工夫が求められます。 2.1人要約入力と連係入力  パソコンノートテイクにおける連係入力では、どの程度の文字量を入力表示できるのでしょうか。仮に入力速度180字/分の入力者が2人で連係した場合、おおよそ1.5倍、約270字/分の文字量を入力することが可能です。つまり、よほど早口の授業でなければ、1分間あたり250〜300字ぐらいの発話速度の授業であれば、感嘆詞や間投詞を除き、語尾を省略するといった工夫により、ほぼ話の内容のすべてを文字化できることになります。と同時に、次の点を忘れてはなりません。  音声を通じた理解は必ずしも文字を通じた理解と一致しません。話しことばでは音による強調や抑揚、間を活用しますが、それらを文字化することは不可能です。したがって、ノートテイカーは話しことばと書きことばのメディアとしてのちがいを意識しなければなりません。話しことばをそのまま文字化したからといって、話しことばに含まれる情報が正しく伝わるとは限らないのです。  一例ですが、たとえば音声で「オアッス」と言ったとしましょう。聞き手は、その場の状況によって「おはようございます」を縮めて言ったのだと理解するでしょう。あるいは、東京の下町言葉「ンナコタネエ」という音声を「そんなことはない」と理解します。音声認識ソフトが音声を完璧に文字化できない理由の1つもこの点にあります。  また、話しことばでは文章化したときに句点のない、したがって一読するだけでは理解しづらいセンテンスが延々と続くことがあります。「〜ですけれども」や「〜が」といった接続助詞が論理的な機能を果たさず、口癖として用いられるという点も話しことばの特徴でしょう。  さらには文字情報特有の限界もあります。文字で書かれた「ばか」は、「軽蔑するような調子」や「かわいいなという気持ち」あるいは「軽い気持ち」をこめて、幾通りにも表現することができますが、その表現は「ばか」という文字からは伝わりません。要は、話しことばを書きことばにするときは、音を文字にするのではなく、意味を文字にしているということ、一つ一つの音声が一つ一つの文字に対応するとは限らないということです。そうした特徴に注意を払った上で、何よりも大切なことは利用者の要望にそって手書きのノートテイクと1人要約入力によるパソコンノートテイク、そして連係入力によるパソコンノートテイクという3通りの方法を活用することが求められます。「初めに要約ありき」でもなく、「文字量が多いほどよい」わけでもなく、要は利用者の自己選択と自己決定を可能にするサービスメニューが用意されていることこそが重要なのです。 表:手書き、パソコン1人要約、パソコン連係入力の比較 手段 情報量と特徴  求められる能力  運営上の課題 手書き  話しことばの約2割。箇条書き、体言止め、略号等を活用。  読みやすい筆記。要点と構造を理解し、構文を作成する力。 支援者が集まりやすいが、定期的な技術研修が欠かせない。 パソコン1人要約  話しことばの4〜5割。読みやすさに配慮した表示。  パソコンを筆記用具として使いこなす力。ある程度、要約する力。  パソコン操作の習熟者を対象にノートテイク技術を指導する。 パソコン連係入力  話しことばの6〜8割。話しことばにそった多くの情報量。  120〜180字/分の素早い入力速度。連係作業の習熟。  必ず2人が必要。速い話では不整文が現れることもある。 3.ノートテイクの評価  パソコンが伝えた内容に基づいて、利用学生は受験し、単位を取得します。そこでノートテイカーの入力した内容を評価する仕組みが欠かせません。次のような点を自己評価、他者評価を通じて確認しましょう。 重要な語句を入力表示したか。 意味のとりちがいや誤解がないか。 文法のまちがいがないか。 正しい漢字や英字等の表記。 要旨を的確に伝えているか。 携帯電話の音や校内放送等、その場の空気を変えるような音情報を入力表示したか。 守秘等、ルールに基づいて活動しているか。 執筆者 太田晴康(おおた はるやす) 静岡福祉大学社会福祉学部教授 2007年8月1日 第3版 以下クレジット 発行 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) URL http://www.pepnet-j.org 郵便番号305-8520 住所 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター支援交流室 聴覚系WG 内 担当 白澤麻弓 E-mail pepj-info@pepnet-j.org 以下添書き PEPNet-Japanは筑波技術大学の運営による高等教育機関間ネットワークで、文部科学省特別教育研究経費を用いて運営しています。活動にあたっては、一部日本財団の助成によるPEN-Internationalからの支援を受けています。本シートは、アメリカ北東地域テクニカルアシスタントセンター(PEPNet-Northeast)の作成によるTipSheetを基に、PEPNet-Japanが独自に作成したものです。本シートの内容の無断複写・転載を禁じます。