手話通訳による支援   最近、聴覚障害学生の情報保障支援のために、手話通訳を取り入れる高等教育機関が増えてきました。ノートテイクによる支援体制はある程度整い、次は手話通訳、と考えていらっしゃるところも多いのではないでしょうか。 ここでは、そんな高等教育機関において手話通訳を確保し、配置していく方法やその手順について説明していきます。 1.手話通訳者の確保 手話通訳者を確保するには、大きくわけて二つの方法が考えられます。 (1)派遣機関に依頼する方法 一つ目は、各地域で手話通訳者の派遣を行っている公的な機関(聴覚障害者情報提供施設や聴覚障害者団体等)に申込む方法です。 派遣機関では国が定めたカリキュラムに基づいて養成した通訳者を登録し派遣を行っており、高等教育機関の申し込みに対しては、有料で一定の技術を有した通訳者を派遣してもらえます。機関の所在地は、役所の障害福祉課などに問い合わせればわかるでしょう。派遣にあたっての費用は各団体が独自に定めていますので、確認しておくとよいでしょう。 ただし、派遣機関に十分な人数の通訳者が確保されていないなどの理由で、大学の授業のように毎週決まった時間に連続して行われるものに対しては派遣してもらえない場合があります。入学式や講演会などの行事であれば利用しやすいのですが、授業への派遣依頼となると現状では難しい面があります。また、毎回同じ通訳者が派遣されるとは限りませんので、授業ごとにあらためて引継ぎを行うなどの必要が生じる場合もあります。 (2)高等教育機関で通訳者を確保する方法 最近、増加しているのは、高等教育機関で独自に通訳者を探し、学内で雇用したり、複数の通訳者に登録をしてもらい、高等教育機関が直接通訳者本人に依頼できるようにする方法です。 この方法であれば、毎回の授業に派遣が可能になります。また、決まった通訳者を同じ授業に配置することで通訳の質を高めていくことができますし、何か問題が生じた時も派遣担当者が利用学生、通訳者の情報を持っていますので、容易に解決につなげることができます。 では、どのようにして通訳者を集めたらよいでしょうか。 通訳に派遣されたことのある通訳者に、個別にお願いする 通訳者間の紹介や利用学生からの情報 手話通訳養成の専門学校等で紹介してもらう 手話通訳者の団体(注1)に依頼する いずれにしても、地域の派遣協会とも十分に相談しながら、情報を収集したり、支援担当者自身のネットワークを生かして呼びかけてみるとよいでしょう。また、高等教育機関における通訳には高い専門性が必要で、誰にでもできる訳ではないので、いかしにて通訳者の質を見極めるかが大切になります。 大学によっては、学内の手話サークルの学生等が、高度なスキルを習得し、通訳を担っている場合もあります。中には技術が高く、信頼できる通訳者として活躍しているケースもありますが、一部の支援学生に過度の負担を強いることにもなりかねませんし、いずれは卒業してしまうことを考えると安定した支援者の確保につながりません。やはり、大学として支援体制を構築していくためには、手話通訳士等の資格を持つ専門の通訳者をきちんと確保していくことが望ましいと言えます。  関連チップシート 高等教育機関における聴覚障害学生支援 注1 手話通訳者の団体 全国手話通訳問題研究会 電話075-451-4743 日本手話通訳士協会 電話03-5953-5882 2.支援の実際 具体的な派遣の方法を知るために、ここでは早稲田大学障がい学生支援室の取り組みを紹介します。早稲田大学では2006年に障がい学生支援室を開設し、聴覚障害者1名、聴者2名(うち1名は手話通訳士)のスタッフが積極的に手話通訳による情報保障を行っています。 コーディネータの岡田孝和(おかだのりかず)氏に、具体的な支援室での活動についてお伺いしました。 早稲田大学障がい学生支援室の例(岡田孝和氏) (1)登録制度のスタート 支援室開設以前は、地域の派遣機関にお願いして手話通訳者を派遣してもらっていました。 しかし、授業のたびに通訳者が変わり積み上げができないこと、通訳者の質が学生の求めるものに合わない等が問題になってきました。そこで、学内で手話通訳者を登録し、利用学生の依頼にあわせて通訳者を派遣する方法に切り替えました。 支援室の担当者の知り合いや、口コミで通訳者を募り、希望者には大学においでいただき、学内の支援制度の説明を行い、1年間の期限で登録をしていただきました。通訳者の中には毎回異なった場で通訳するよりも学内の安定した場での通訳を望む方もいらっしゃるようですね。 登録制にしたことで、通訳者の方々に大学側の方針に合わせて柔軟な対応をしてもらえますし、通訳後の反省会などを通してフィードバックも可能になりました。また、通訳者の技量もつかめますので、コーディネートもやりやすくなりました。 (2)通常のコーディネート 一年間の流れは概ね次のようになります。こうした調整の流れは、利用学生や通訳者にも知らせて情報共有できるようにしています。 図:コーディネートの流れ 1)利用学生が支援依頼を支援室に提出 前期、後期それぞれ授業が始まる前に、利用学生から手話通訳の依頼を出してもらう。 2)支援室から通訳者に通訳依頼 授業の日程に合わせ通訳者の手配を始める。 3)支援室から学部担当に支援の周知依頼 学部の担当教授に手話通訳がつくことを知らせる。こうすることにより、学部全体から理解や支援が得られやすくなるメリットがある。 4)支援室から教員に配慮等の説明 授業担当の先生に、支援室で作成している教員ガイドを渡し、授業時の配慮や通訳のために必要なシラバスや資料、関連書物の提出をお願いする。 教員ガイドとは、障がい学生を受け持つことになった教員全員に配布している冊子で、聴覚障害の基本的な知識とサポート時の状況、授業を行う時に必要な注意事項等が詳細に記載されている。 5)支援室から通訳者に授業に関する情報提供をする 通訳者が決定し、授業が始まるまでの間、授業の資料だけではなく、関連した情報もできるだけ通訳者に提供する。例えば教員の話し方の特徴、パワーポイント中心の進め方をする、など。小さなことでも通訳者にとって心理的に助けになる場合もある。 6)通訳者と利用学生で反省会を行なう 毎回の通訳ごとに、時間があれば通訳者と利用者で反省会を行ってもらい、次回の授業でもっとよい支援ができるようにお互いが意見を出し合い工夫できるようにしている。 7)通訳者から支援室に通訳の様子を報告する 通訳者には月に1回報告書の提出をお願いしている。それをもとに謝金の計算を行っている。 8)支援室は利用学生と面談を行なう 利用学生には報告書の提出は求めていないが、定期的に面談を行う。不安や問題を抱えていれば、自分で解決できるようなアドバイスをする。 9)支援室は、利用学生・通訳者と懇談会を行い問題解決を図る 支援室では、半期の授業が終了したら、学生・通訳者それぞれとの懇談会を設けている。ここで要望や感想などを聞いて次の通訳に反映させるようにしている。 10)支援室は、通訳者に継続依頼をする 11)通訳者は支援室に登録する 一年の授業が終わり2月に入ると、通訳者の方々へ次の年度への継続を依頼し、登録してもらう。            (3)通訳を利用した学生から 「ディスカッションなどで臨場感が味わえて、自分の意見もタイムリーに出すことができました」 「実験など器具を使用する場合は、手話通訳の支援でとてもスムーズに授業を受けることができました」 (4)コーディネーターから 「通訳者を集めるにあたっては質にこだわりました。せっかく利用学生から通訳の希望がきても、通訳者の技術が十分ではないために、学生の気持ちをそいでしまう結果になってしまったら何もなりません。また、待機の通訳者にも専門用語をメモしてもらうなど、通常の手話通訳ではやらないこともお願いしていますので、学生が学ぶことを尊重し柔軟な対応ができる通訳者を求めました。  利用学生に対しては、通訳の限界について説明しておきます。通訳の役割をわかって、その上で使いこなして欲しいからです。問題が生じたら、必要であれば通訳者を変更したり、教員に通訳者への配慮をお願いするなど調整を行っています。これらは、支援室側に聴覚障害を持つ当事者と手話通訳士がいるのでできることかもしれません。支援には当事者の視点が絶対に欠かせないと思います。」 3.最後に  ご紹介したのは、先進的な取組みの1例ですが、大学の実情に応じてさまざまな進め方が考えられると思います。学内だけで支援を行おうとせず、地域の資源を積極的に活用したり、近隣大学機関との情報交換や連携を行うなど、工夫して支援を進めていくこともできるでしょう。高等教育機関の中で手話通訳の存在が自然になる日も、そう遠いことではないかもしれません。 協力 早稲田大学障がい学生支援室 執筆者 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) 事務局 2007年8月1日 初版 以下クレジット 発行 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) URL http://www.pepnet-j.org 郵便番号305-8520 住所 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター支援交流室 聴覚系WG 内 担当 白澤麻弓 E-mail pepj-info@pepnet-j.org 以下添書き PEPNet-Japanは筑波技術大学の運営による高等教育機関間ネットワークで、文部科学省特別教育研究経費を用いて運営しています。活動にあたっては、一部日本財団の助成によるPEN-Internationalからの支援を受けています。本シートは、アメリカ北東地域テクニカルアシスタントセンター(PEPNet-Northeast)の作成によるTipSheetを基に、PEPNet-Japanが独自に作成したものです。本シートの内容の無断複写・転載を禁じます。