聴覚障害学生支援におけるコーディネート業務 1.はじめに 学内で障害学生の支援を進めるためには、障害学生のニーズを把握し、これに応じたサービスを提供するとともに、全学的な支援体制の向上につなげるための「コーディネート」が重要な要素となります。聴覚障害学生支援をコーディネートする場合、授業時の支援にとどまらず、大学全体のバリアフリーを視野に入れた環境調整を行うことが必要です。ここでは、聴覚障害学生支援に求められるコーディネート業務の具体的な内容と実際の設置形態、担当者に必要とされる資質や条件について述べていきます。 2.コーディネートの業務 聴覚障害学生支援には、人材、時間、資金の確保と調整が欠かせません。これらを中心に担うのが「コーディネーター」です。ここに、ある大学に設置された専任のコーディネーターが実際に行っている業務の内容を整理してみます。 (1)利用学生のニーズ把握 障害の程度や環境によって、学生のニーズは異なります。3人の聴覚障害学生がいた場合、Aさんには全ての授業をノートテイクで保障する、Bくんには残存聴力を活用しやすくするために補聴環境を整えるとともに、授業後にノートを渡す、Cくんには希望する授業にのみ手話通訳で保障する、などというように支援方法がまったく異なることもあります。そのため、個々の聴覚障害学生に応じて的確な支援を実施するため、ニーズを把握することが重要です。 (2)情報保障者の養成と維持 ノートテイクやパソコン要約筆記を行う情報保障者の多くは、4年間で卒業していく学生であるため、常に養成を続けることが必要となります。また、力のある積極的な学生を指導者として養成し、情報保障者のスキルアップや人材確保をすることも大切です。 (3)情報保障者のシフト作成と派遣 利用学生が支援を希望する時間および希望する情報保障手段に応じて、誰をどの授業に派遣するかを決定していきます。このとき、時間的な都合だけではなく、支援技術や支援経験の有無を考慮して配置します。授業開始後は利用学生、情報保障者双方から様子を聞き、支援が円滑に行われているかどうか確認します。支援上問題が生じた場合は、状況を把握した上で改善方法を提案することが必要です。 (4)教職員や学生の理解啓発 教職員や学生の中には、聴覚障害学生と関わった経験のある人とない人とで、理解に温度差があります。このような格差をなくすため、聴覚障害学生と接点のある教職員や学生に限らず、全学を対象とした研修会や講習会を企画し、学内の理解啓発に努めます。大学のホームページなどでも積極的に障害学生支援の取り組みを伝え、理解を呼びかけることで、大学全体の意識改革につなげます。 (5)年次計画と予算の作成 設備・機器備品・人件費・委員会・行事・広報など支援に関わる費用全般を把握した上で、年間の予算計画を立てて、申請します。必要な予算を計画的に獲得することにより、次年度の運営の充実を図ることができます。 (6)支援ネットワークづくり 量的、質的な情報保障のニーズを満たすために、必要に応じて地域資源を有効に活用します。また、円滑に支援を進めるには、学内の各部署との連携体制が必要です。担当者一人がすべての業務を抱えるのではなく、ネットワークを形成することが、支援の充実につながります。 3.コーディネーターの設置形態 では、このようなコーディネート業務は、大学内のどの部署でどのように行っていけばよいのでしょうか。前項にあげたような業務の幅広さを考えると、本来であればやはり学内のしかるべき機関に専任の職員をおいて対応するのが望ましいと言えます。実際、国内でも支援に関する専門的な知識や、手話通訳、ノートテイク、パソコン要約筆記の技術を持った人材が専任コーディネーターとして配置されて、さまざまな機能を担っている例がいくつかあります。また、特別なスキルを持っていないコーディネーターであっても、専任職員として学内に設置することで、学内外の様々な部署や人材と連携を図り、ネットワークの中心として支援を運営している例もあります。 図:専任コーディネーターの設置形態の例 中央に、(聴覚)障害学生支援専任職員、その下に学生スタッフの枠がある。 その右には地域の情報保障者・サークルなどの枠、左には、学生課、教務課、施設課、財務課等の枠がある。 上部には、障害学生支援委員会の枠がある。 中央からすべてに対して両方向の矢印があり、お互いに連携している様子を表している。  しかし現在のところ、多くの大学では学生課などの事務職員が、他の業務と兼任でコーディネートを担っているのが多いのも現状です。この場合、大学としては設置が容易になりますが、支援のノウハウが十分にない上、時間の制約があるため、緊急性の高い業務から優先的に対応していくことになり、その結果、当面の支援体制は立ち上がるものの、体制の維持発展に関わる業務には手が及ばない状況も生まれてくることが多いようです。また、次項で述べるように外部の他機関を活用して運営している例もありますが、この場合も、学内に何らかのコーディネート機能が必要になります。なぜなら、外部機関の協力があったとしても、学内に支援体制がなければ、利用学生の卒業や担当した職員の異動などをきっかけに、それまで蓄積してきた支援ノウハウが消滅してしまう可能性あるからです。 (1)外部機関によるコーディネート コーディネート業務のうち、情報保障者の養成や派遣に関する業務は、外部機関の協力を得て実施することが可能です。例えば、関東地域にある聴覚障害学生支援サポートセンターでは、個々の大学や利用学生の状況に応じて情報保障者養成のための講座の企画を行っています。ここでは、利用学生の専門分野や学年・支援に対するニーズなどを汲み取りながら指導内容を構成しています。 また、地域の通訳者派遣協会や要約筆記サークルなどから情報保障者の派遣を受け、人材不足に対応するケースもあります。場合によっては、養成講座や理解啓発講座の講師派遣などを受けられることもあります。 このように外部から支援者の派遣を受けたり、専門的な支援、情報提供等の協力を得られることは、大学担当者の大きな支えとなります。しかしいずれの場合も、コーディネートのノウハウを少しずつ学内に引き継いでいくことが大切です。 (2)学生支援グループによるコーディネート このほか、手話サークルやノートテイク支援グループなど、学生主体の組織が支援活動の調整を担っている大学も数多くあります。このような支援グループは、利用学生にとって身近な存在であるため、個々のニーズを丁寧にすいあげるとともに、学生同士の繋がりによってノートテイクの技術を引き継いでいくことができます。 しかし、本来専任職員をおいて対応するほどの業務を、学生が学業と両立させて行うのは多大な負担となります。実際には利用学生のニーズが把握できても対応しきれない場合も少なくありません。そのため、安定した支援体制のためには、学生活動だからこそ蓄積されたノウハウが損なわれないように配慮しつつ、大学との協同体制に移行していくことが重要であると言えます。これらの例として、近年は学生課やボランティアセンターなどが支援の主体となった上で、学生支援グループを組み入れた支援体制を実現させている例もあります。 次表に、本項で述べた設置形態の利点と問題点にまとめます。 表:コーディネーターの設置形態の利点と問題点 形態 利点 問題点 専任職員 大学生活全般を見通した、長期的計画的な支援の遂行が可能 業務が集中し、負担過重になりがち 兼任職員 学内の関係部署との連携が図りやすい 支援に関わる業務に、多くの時間を割けない 外部機関 ある程度の支援体制が比較的短期間で整う 学内に支援担当者の存在が必須 学生グループ 支援学生にとっても学びの機会となる 学業との両立は大きな負担 4. コーディネーターに求められる資質と条件 以上に挙げたように、聴覚障害学生の支援コーディネートは多岐に渡る業務を内包しています。これらの役割を果たしていくために、コーディネート担当者にはどのような力が求められるのでしょうか。手話通訳やノートテイクの技術をもち、養成や授業の情報保障を担当できることが望ましいですが、最も重要とされるのは、支援体制を俯瞰し、全体を調整する役割です。したがって、支援の全体像を視野に入れ、各担当者に役割を分担し、それぞれのニーズや意見を引き出しながら体制を運営していくコミュニケーション能力、情報収集をして必要な人材や設備を確保していくネットワーク形成能力などが、もっとも必要な資質であるといえるでしょう。 また、質の高い支援を提供していくためには、常に利用者の立場を理解しようと努める姿勢、新しい情報や知識を求めて研修会などに積極的に参加し、他大学や他機関との情報交換を密にしていく姿勢を欠かすことがはできません。 支援体制の発展・維持には、担当者の積極的な働きかけに負うところが大きいのが事実です。支援体制の課題を的確に把握し、大学内外のネットワークを活用して改善にあたっていく担当者の動きが、サポートの成果に大きく影響していることはいうまでもありません。 5.終わりに 利用学生が主体的にサポートサービスを活用し、自分らしく当たり前の一学生として学生生活を継続できるように支えていくのが、コーディネートの業務です。その役割が理解されることによって関係者のネットワーク化が進み、よりきめ細かな支援の提供が普及するよう努めることが、当面の課題と言えるでしょう。 執筆者  土橋恵美子(つちはしえみこ)同志社大学学生支援センター障がい学生支援担当 倉谷慶子(くらやけいこ)関東聴覚障害学生サポートセンタースタッフ 中島亜紀子(なかじまあきこ)PEPNet-Japan事務補佐員 2007年8月1日第2版 以下クレジット 発行 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) URL http://www.pepnet-j.org 郵便番号305-8520 住所 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター支援交流室 聴覚系WG 内 担当 白澤麻弓 E-mail pepj-info@pepnet-j.org 以下添書き PEPNet-Japanは筑波技術大学の運営による高等教育機関間ネットワークで、文部科学省特別教育研究経費を用いて運営しています。活動にあたっては、一部日本財団の助成によるPEN-Internationalからの支援を受けています。本シートは、アメリカ北東地域テクニカルアシスタントセンター(PEPNet-Northeast)の作成によるTipSheetを基に、PEPNet-Japanが独自に作成したものです。本シートの内容の無断複写・転載を禁じます。