入学当初のサポート 1.入学決定後のサポートの流れ 学生生活を送る上で支援が必要な学生に対し、支援体制を構築するためには、入学前から十分な準備を進めていくことが重要です。特に聴覚障害学生への支援には、支援担当の職員やノートテイカー、手話通訳者など人的資源が必要となるため、早めの対応が肝心です。入学決定時から授業開始に向けて、一般的には以下のようなスケジュールで支援体制の方向性が固められます。 表:入学決定時から授業開始までのスケジュール(Aは支援に欠かせない最優先事項、Bはよりよい支援体制のために必要な事項) 時期  サポートに関する打ち合わせ事項や実施内容 入学の決定から入学式  A 支援担当部局・担当者(学部教員や学生課職員、支援専任職員など)の決定(詳細は「コーディネート」チップシート参照) A 大学における支援や情報保障に関する情報収集 A サポートに関する打ち合わせ(障害の程度、コミュニケーション方法、ニーズの把握、身体障害者手帳の有無確認、入学式やオリエンテーションのサポート方法の確認、履修の概要説明) 打ち合わせの内容を受けて A 支援の実施体制の決定 B 支援者の募集・支援者養成の手配、養成講座の実施 B 学外の支援者派遣団体、聴覚障害者支援団体などとの連携体制作り B 履修に関する情報提供、相談対応の開始 B 学生用啓発パンフレットの作成・配布 B 教職員の配慮事項、ガイドブックの作成・配布 A 入学式や説明会、オリエンテーションでの情報保障者の手配(手話通訳者、パソコン要約筆記者、ノートテイカーなど) 入学式 A 入学式や説明会での情報保障の実施 オリエンテーション期間 A オリエンテーション期間の情報保障の実施 A 授業時の配慮内容確認、教職員への周知(詳細は「授業における教育的配慮」チップシート参照) A 履修に関する相談対応(語学・ゼミ・実習・実験・ビデオ他映像使用授業での対応や代替措置、資格取得関係など) A 支援者のシフト作成、周知 B 一般学生への理解啓発 B 支援者の養成 授業開始 A 支援者の派遣 B 利用学生及び授業に合わせたサポート内容へ改善 B 支援者と利用者の懇談会の開催                     2.入学前の打ち合わせ 入学決定後に行う、各部署の担当者と利用学生の顔合わせを兼ねた打ち合わせは、入学後の支援の方向性を決定する上で大変重要な機会です。なぜなら、支援の方法は障害の種別や程度で一概に決まるものではなく、ニーズに基づいた対応が必要になるからです。入学前から支援体制や予算が整備されていたとしても、支援の内容や方法は一人ひとりの学生と向き合って決めていくのです。この打ち合わせでは、支援に関わる様々な立場の人が集まり、情報の共有と支援内容、方法の確認を行います。このとき、学部長や支援委員会委員長、学生課長など、支援に関する決定権をもつ立場の教員も同席し、支援内容について合意を得ながら進めていくことが大切です。 また、初めて聴覚障害学生の支援をする大学の場合は、可能であれば他大学で聴覚障害学生支援を担当している教職員や有識者の同席のもと、情報交換を行ったり、助言を得たりすることも有効です。さらに、聴覚障害学生にとっても、大学での授業がどのように行われるのかイメージしにくい場合が多いので、できれば事前に授業の様子を見学してもらうと良いでしょう。 打ち合わせの主な内容は、教職員側から履修登録の方法や制度、支援についての説明と、聴覚障害学生の障害の状況・ニーズの確認などです。学生は、高校生までの間に支援を受けた経験が少ない場合が多いので、どのような支援が可能か、他大学ではどのような方法で行われているかなど、具体的な情報を提供していくことで、支援の開始が円滑になるでしょう。 その際、聴覚障害学生自身がその場での話し合いに参加できるよう、手話通訳者やノートテイカーをつけたり、筆談を交えて確実に伝わるよう進行方法を工夫します。また、聴覚障害学生が自分のニーズを整理して伝えやすくなるように、あらかじめ相談する内容を文書で伝えておくなどの配慮も必要です。 3.履修に関する配慮 授業における支援は情報保障者の配置だけではありません。履修申請時の調整や配慮によって、学びやすい環境を整えることが必要な場合も多く、語学やゼミ、実験、実習など授業形態が複雑な授業では特に重要になります。以下はその具体例です。 語学のリスニングやスピーキング授業をリーディング・ライティングへ振り替えて申請できるようにする 個別指導、チューター制度などを紹介する 授業担当教員との事前打ち合わせを設定し、必要な配慮や授業の進め方について確認する 配慮事項として、文字資料の提供、授業方法の事前確認を周知徹底する このほか、複数の聴覚障害学生が同じ科目を履修する場合、できるだけ同一のコマを履修するように調整し、情報保障者を共有できる状況をつくることもあります。 4.入学式での情報保障 入学式は、人生の節目の機会です。聴覚障害学生が周囲の学生と同様に祝福と励ましの中で大学生活をスタートさせるためには、情報保障が欠かせません。入学式のような行事の場合は、地域の手話通訳者や要約筆記者の派遣制度が利用できる場合があるので、大学内で情報保障体制を組むことができない場合は、行政、社会福祉協議会、情報提供施設等に派遣依頼の相談をするとよいでしょう。 式典の情報保障では、手話通訳者の立ち位置や照明、パソコン要約筆記の機材の配置や表示方法など、関係者との打ち合わせが不可欠です。当日会場で情報保障に対応する担当者を決めておくとよいでしょう。また、パソコン要約筆記を用いる場合は、式次第や式辞の原稿を前もって渡しておくことで、事前に入力して準備することができ、円滑な情報保障が可能になります。 5.オリエンテーション 授業開始までに行われる新入生を対象とした一斉オリエンテーションでは、学生にとって大切な情報がたくさん提供されます。多くの場合、詳細な資料が用意されますが、口頭で伝えられる細かな情報こそ、学生生活にとっては重要であることが多いので、聴覚障害学生のニーズに応じた情報保障を用意し、これから始まる学生生活(履修、登録、授業、課外、教職員との関わり、施設・設備の利用など)について、きちんと伝えられる手段をとります。このような行事でも、地域の手話通訳および要約筆記派遣制度を利用できる場合もあります。 また、全ての新入生が集まるこの機会は、理解啓発のためのチャンスでもあります。学内に障害学生を支援する体制があること、様々な学生が共に学んでいること、支援を担う学生を募集していることなどを伝えたり、パンフレットやガイドブックを配布するなどして、サポート体制の周知を図ります。聴覚障害学生本人から、サポートの状況や支援者の必要性をスピーチしてもらう方法をとっている大学もありますが、その場合には学生本人の意志や心理的な状況を十分把握した上で行います。 6.配慮の依頼 聴覚障害学生への配慮といっても個々の学生の育ってきた環境や障害の度合い、コミュニケーション方法によってニーズは様々です。 聴覚障害学生の中には、支援の必要性や有効性に気づいていない場合も往々にして見られます。学生生活の中で聴覚障害学生自らが支援に関心を持つ機会をとらえることも、周囲の配慮といえるでしょう。(チップシート「聴覚障害学生の心理的支援」参照) 聴覚障害学生の意向が見えたところで、履修している授業に出席する際、最低限必要となる配慮事項については、教職員に周知しておきたいところです。内容については聴覚障害学生本人と確認して作成します。たとえば、試験やレポートに関する告知は板書する、FM補聴器を使用する学生の場合はマイクをつけてもらう、などです。これらの事項は聴覚障害学生の負担を軽減するためにも、支援担当職員から伝達するのが望ましいですが、学生と教員が直接話をするのも理解と協力を得るきっかけにもなるため、状況に応じて直接的な関わりをうながすことも必要です。 また手話通訳やノートテイク、パソコン要約筆記の支援が実施される場合には、支援者に対する事前資料の提供が情報保障の質を高めることに役立ちますので、配慮に加えたい事項です。(チップシート「授業における教育的配慮」参照) 教員への依頼や連絡は、教務課や学部事務室が担当するケースが多いようですが、非常勤講師が講義を担当するケースでは教員間の依頼がよい場合もあります。学生課と教務課とで役割分担が明確な場合は、聴覚障害学生と教員とのスムーズなパイプ役となれるよう、担当者同士が連絡を密に取り合い、情報の共有に努めることが大切です。 このような教職員側の理解と配慮があってこそ、手話通訳やノートテイクといった情報保障支援が効果的なものとなります。基本的な支援の基盤ができた上で、情報保障者の確保・養成・登録・派遣など、さらに支援体制を充実させていく取り組みが必要となってくるでしょう。 執筆者 土橋恵美子(つちはし えみこ)同志社大学学生支援センター障がい学生支援担当 倉谷慶子(くらや けいこ)関東聴覚障害学生サポートセンタースタッフ 中島亜紀子(なかじま あきこ)PEPNet-Japan事務補佐員 2007年8月1日第2版 以下クレジット 発行 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) URL http://www.pepnet-j.org 郵便番号305-8520 住所 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター支援交流室 聴覚系WG 内 担当 白澤麻弓 E-mail pepj-info@pepnet-j.org 以下添書き PEPNet-Japanは筑波技術大学の運営による高等教育機関間ネットワークで、文部科学省特別教育研究経費を用いて運営しています。活動にあたっては、一部日本財団の助成によるPEN-Internationalからの支援を受けています。本シートは、アメリカ北東地域テクニカルアシスタントセンター(PEPNet-Northeast)の作成によるTipSheetを基に、PEPNet-Japanが独自に作成したものです。本シートの内容の無断複写・転載を禁じます。