障害学生支援の財源について 1.公的な財源 高等教育機関に学ぶ障害のある学生のための支援の経費について,平成17年05月12日に開かれた参議院文教科学委員会で,文部科学省高等教育局の石川明局長は以下のように答弁しています。 「国立大学につきましては,従来よりノートテイカーや手話通訳の配置など教育上の特別の配慮を行うための所要の予算措置を講じておりまして,法人化後におきましても,これらの経費を含め,運営費交付金を措置しております。また,私立大学につきましても,私立大学等経常費補助金の特別補助におきまして,障害者に係る人的なサポートを含めた支援措置について,各大学の障害者の受入れ人数等に応じて補助金を措置しておるところでございます。」 補助の額は状況によって異なりますが,2つの点に注意を払っておくことが必要です。1つは,支援に必要な額が十分に予算化されるとは限らないということ,そしてもう1つは,聴覚障害学生が入学してきた時点ですぐに支給されるわけではないということです。 1人の聴覚障害学生が受講する講義に2人のノートテイカーで情報保障を行おうとした場合,仮に半期に週10コマの講義を受講したとすると,時給800円の謝金として,年間72万円必要になります。これに加えて,コーディネート担当者の謝金や通訳用パソコン等の費用も必要でしょうから,聴覚障害学生1人に対し,年間120万程度の予算は必要になるでしょう。 それに対して,国立大学法人の場合,運営費交付金の特別教育研究経費(障害学生学習支援等経費)中で計上されている予算は,聴覚障害学生1人につき初年度63万円,次年度以降30万円ですから,必要な額の半額にも満たないのが現状です。 一方,私立大学等経常費補助金の特別補助の場合,算出方法が多少複雑です。特筆すべき点として,平成18年度から,支援体制を整備している大学ほど,補助される額が高くなるように変更されました。このことは,学内で障害学生支援の体制を整備していくのにあたって,全学的な合意を形成していく際の,有力な根拠としても活用できるでしょう。具体的には,障害学生の人数によって算出された基本額に対して,障害学生に対する具体的な配慮の状況に基づいて算出された調整率(最大200%)を掛け合わせて,補助額が決定されるというものです。 例えば3人の障害学生が在学している場合,基本額は「1〜5人の場合」に該当し,150万円となります。それに加え,支援体制として,ノートテイクなど授業場面での支援を行っている(3点),学生ボランティアなどの支援者の育成に取り組んでいる(1点),障害学生支援室などの専門部局を設置している(1点),相談員を配置している(1点),…と,支援体制が点数化されます。仮に総点が6点であれば,「調整率140%」に該当し,補助額は210万円となります。 ここで留意すべき点は,「配分された補助金の範囲で支援を行おう」という考え方では,時間的にも金額的にも間に合わないおそれがあるということです。そのため,まずはいかにして学内予算の中に「必要経費」として計上するかを考える必要があります。 2.支援体制の立ち上げに必要なこと 障害学生支援の難しさの1つとして,まだ予算が確定していない時期から支援体制を構築しなければならないという点があげられます。特に初めて聴覚障害学生を受け入れた大学の場合,早急に支援体制を作り上げつつ,予算申請の作業を進める必要があります。 まず,入学手続きをした者の中に聴覚障害学生がいることが分かった時点で,速やかに本人と連絡を取り,必要な支援内容についての検討を行い,一年間の支援の計画を立てます。大学院生の場合など合格発表が秋頃の場合は時間的な余裕があるかもしれませんが,3月に合格が決まる場合は,1ヶ月の間に支援体制を作らなければなりません。 入学予定の聴覚障害者本人との相談の上で,必要な支援体制の青写真が描けたら,4月の入学式やオリエンテーションに間に合わせるために,速やかに支援者を募ると同時に,年間に必要な予算を確保する必要があります。履修する授業のコマ数が確定するのは,実際には入学後になりますので,まずは概算として3月までに予算案を作成し,予算確保の要望書を,学内,あるいは学部内のしかるべき委員会(教務委員会など)に提出しておくことが重要です。 この上で、これらの予算が確定するまでの間は,とりあえず「ボランティア」という形で人員を確保し、予算化が実現され次第,「アルバイト」に切り替えて謝金を払うような方法をとる大学もあるようです。 また、特に初年度,配分額が確定されるまでは,必要な物品等を購入することができず,苦労することがあります。そうした問題を最小限にするために,できれば配分決定前の予算執行を認めてもらうよう,学内の合意を取り付けておきたいところです。 3.個人予算を充当することの是非 予算が比較的潤沢にある教員が障害学生の担当教員となった場合,しばしば,個人に割り当てられた予算でノートテイカーへの謝金やノートテイク用のパソコンの経費を工面しようとするケースが見られます。確かにそれも,障害のある学生をなんとかしてあげたいと思う「親心」の表れといえるかもしれません。 こうした方法は,当座の問題を乗り切る際には有功かもしれませんが,あくまで「一時しのぎ」的な方法で行われるべきものであり,継続的になされる方法としては勧められるものではありません。 なぜなら,個人に割り当てられた予算の使用はあくまで研究者個人の裁量に委ねられるからです。たまたまある教員が担当になれば聴覚障害学生支援の必要経費が支出され,他の教員が担当になったら支援がなされないということが起きてきます。 したがって,支援のための経費は組織的な責任の下で支出されるよう働きかけていく必要があるでしょう。 4.競争的研究資金の活用 競争的研究資金は,研究目的に沿った予算の執行が求められます。したがって,本来恒常的な教育活動の一環としての「障害学生支援」そのものに充当できるものではありません。 とはいえ,「障害学生支援」の内容に関連した研究目的の競争的資金を獲得している場合は,そのために必要な経費の支出をすることが可能です。但し、ここで注意すべき点は,競争的研究資金のほとんどは時限付きの予算ということです。競争的研究資金の期限が終了したら情報保障がつかなくなったということでは困ります。ですから,ここでも慎重な判断が望まれます。 例えば,より質の高い支援体制を構築するための試行的な試みや,これまでの運用のあり方への評価など,通常の支援業務の範囲ではなかなかできないものの,時間やお金に余裕があったら試したいと考えていることに活用されれば,より良い支援体制構築につなげることができます。   障害学生支援を主目的とした競争的研究資金としては,科学研究費などの研究者個人が研究目的で実施するものと,GP等大学機関が組織的に教育活動の一環として実施することが求められるものとがあります。 全く実績がない状態で組織的な研究資金を獲得することは困難ですから,まず第一歩は,複数のメンバーの共同研究の形で,科学研究費や民間の研究助成などの競争的研究資金を獲得し,学内で障害学生支援に関する研究的な実践を積んでいく必要があります。 そうした実績を踏まえて,学内的な合意形成が得られれば,獲得につながる可能性もあるでしょう。 GPの獲得は,組織的に行うことが求められます。具体的には,例えば,障害学生支援に関する授業を開設したり,ノートテイカー養成講座を開いたり,学内に支援センターを立ち上げる(これには規模や期間終了後の見通しについて検討が必要ですが)ことなどが考えられます。実際に障害学生支援に関するGPを獲得している例として,筑波技術大学,愛媛大学,広島大学,日本福祉大学などが挙げられます。 平成19年度からは、障害学生支援などの分野で特徴的な取り組みを行っている大学に、重点的な予算を配分する、「新たな社会的ニーズに対応した学生支援プログラム」を開始しました。 これは、国をあげて、特別なニーズを持つ学生への支援を行っていこうとする姿勢の現れだと思いますので、積極的に活用したいものです。 GPと同程度か,あるいはさらに大規模な予算化を考える場合,概算要求の「特別教育研究経費」への申請が挙げられます。これも、基本的にはGPと同様に,個人レベルではなく機関としての申請になりますので,組織的な運用が求められます。 こうした組織的な競争的研究資金は,結果的に獲得ができなかったとしても,申請すること自体に大いに価値があります。なぜならば,大学での合意形成を経て申請される性質のものであるため,申請書類をあげていく過程で,障害学生支援の意義・必要性について,学内の多くの関係者にPRすることになるからです。その結果,次の別な競争的資金の獲得が容易になる可能性もあり得ますし,学内の支援体制が進んでいくことにもつながるでしょう。 5.おわりに 予算を申請するためには,その時々で,しかるべきポジションの人から,しかるべき組織に対して,説得力のある書類が提出されなければなりません。そのためにも,組織を良く理解しておくことが重要だと言えます。障害学生支援の財源を確保していく作業と,障害学生支援の組織化を図っていくこととは,まさに表裏一体の関係であるといえるでしょう。 執筆者 金澤 貴之(かなざわ たかゆき) 群馬大学教育学部障害児教育講座助教授 2006年10月31日 初版 以下クレジット 発行 日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan) URL http://www.pepnet-j.org 郵便番号305-8520 住所 茨城県つくば市天久保4-3-15 筑波技術大学 障害者高等教育研究支援センター支援交流室 聴覚系WG 内 担当 白澤麻弓 E-mail pepj-info@pepnet-j.org 以下添書き PEPNet-Japanは筑波技術大学の運営による高等教育機関間ネットワークで、文部科学省特別教育研究経費を用いて運営しています。活動にあたっては、一部日本財団の助成によるPEN-Internationalからの支援を受けています。本シートは、アメリカ北東地域テクニカルアシスタントセンター(PEPNet-Northeast)の作成によるTipSheetを基に、PEPNet-Japanが独自に作成したものです。本シートの内容の無断複写・転載を禁じます。