Teaching note 障がいを持つ学生への学習支援(1) 総合政策学部における位置づけ Educational support to the audio-visually handicapped students (1) its location in “policy studies” 高畑由起夫・小野田弘之・植田幸利・星かおり・久保田哲夫・細見和志・中條道雄・窪田誠・渡部律子・井垣伸子 Yukio Takahata, Hiroyuki Onoda, Yukitoshi Ueda, Kaori Hoshi, Tetsuo Kubota, Kazushi Hosomi, Michio Chujo, Makoto Kubota, Ritsuko Watanabe, Nobuko Igaki In this report, we summarize and discuss an educational support method and system given to an audio-handicapped student, which was carried out from 2003 to 2004 in the School of Policy Studies, Kwansei Gakuin University. We should build up a educational support system based on the consideration of several levels; (1) basic science (medical and communication sciences, phonemic features of the language, etc.), (2) applied science (computer technology, teaching methods, etc.), (3) social science (law/rule, cost-benefit analysis, administration, etc.), and (4) philosophy sense of value (human rights, Grantee of university education, etc.). Furthermore, such a educational support system may improve whole faculty development (FD). キーワード:視聴覚障害、大学教育、学習支援、講義保障、人権 Key Word: Audio-visual disorder, Educational support, Grantee of university education, human rights. T.はじめに   “教育機関としての大学は、障がいを持つ学生に対して、どのような学習支援を提供できるだろうか?” この課題に対する日本の大学の現状は、ハード(教室、設備・機器類等)とソフト(支援のためのシステム・組織等)の両面において、充分なものとは言い難い(国立大学協会第3常置委員会、2001、吉川他、2001、秋山・亀井、2004)。その一方で、いくつかの大学では学習サポートシステムが整備されつつある(京都精華大学教務課、2004;同志社大学学生課、2004;立教大学身体しょうがいしゃ(学生・教職員)支援ネットワーク、2005)。  関西学院大学総合政策学部でも、数年前から運動機能障がい・聴覚障がいを持つ学生を受け入れ、教員及び学生が主体的に支援環境を開発してきた。しかしながら、実際に支援を進めるなかで、より統合された支援システムの必要性が明らかになった。こうした視点から、2004年度に特定プロジェクト研究センターとして「ユニバーサルデザイン教育研究センター」を設置して、障がい等を持つ学生に最大限の教育機会を提供することを可能とする授業及び教育システムの開発(すなわち、高等教育におけるユニバーサルデザイン化)と、専任教員自身の能力開発(ファカルティ・ディベロップメント;以下、FDと略称)プログラムの開発と研究を進めることとなった。  このセンターの目標として、まず、@障がいを持つ者の視点に立った学習・研究支援体制の具体的方策や、現場での実施方法(授業方法、教育機器)を検討し、方法論を確立する。さらに、A授業支援体制の整備だけにとどまらず、〈人と人との共生〉を教育理念として掲げる総合政策学部にふさわしく、これらの活動を包括的な人権教育の一環として位置づけることを大きなねらいとしている。具体的には、B障がい者支援の担い手の一つとして、学生ボランティア(サポーター)の育成を目的とする講座等を一般の学生に提供することで、障がい者が抱えている問題に対する実践的な体験学習の場を設ける。さらにCサポーター自身が、障がいを持つ学生の生活・学習を補助できる技能を実際に身に付け、共感できる場を創生すること等をめざしている。我々の基本的な立場としては、こうした学習支援システムの開発・普及を、総合政策学部の理念である<人と人との共生>、<人と自然との共生>を具現化する場としてとらえ、人権教育等も包含したFDの向上として追及していくことにある。  本報告では、2004年度までに試行した聴覚障がいを持つ学生への支援活動にもとづき、高等教育における学習支援の理論付けを目的とする。このため、個々の学習支援スキル等の分析は、別稿で扱うことにしたい。なお、本稿では「障害」という言葉について、「人を意味する場合に「害」という漢字を用いることに抵抗がある」との意見を尊重して、文脈によって「障害」と「障がい」を使い分ける。この点については、あらかじめご了解いただきたい。 U.学習支援の経緯と経過、ならびに“総合政策”としての位置づけ  U−1 2003年度の取り組み    始めに2004年度までの経緯を、簡単に振返ることにしたい。総合政策学部では2003年度に、聴覚障がいを持つ新入生1名を迎えることが決まった。入学前、本人とそれまで指導されてきた高校教諭の方々からヒヤリングをした段階では、(1)補聴器等の補助が使えないこと、(2)これまで普通高校において口話(こうわ)法(読唇法によって、音声言語で意思伝達をおこなう教育方法)で勉強してきたこと、(3)手話は学習していないこと等が判明した。ヒヤリングでの意見交換では、これまでの就学の経緯から、大学での講義にも十分対応できる能力があるだろう、という判断になった。しかしながら、現時点で反省すれば、入学後に学生ならびに我々が取り組まなければならない諸課題について予想/自覚が足りなかったことを、率直に認めなければならない。また、障がい児教育を取り巻く様々な問題や(日本の聴覚障害教育構想プロジェクト、2004)、すでに先行している諸大学の試み等についても知るところが少なかったこともまた、反省しなければならない点である(他大学の試みについては、佐野・吉原、2004等を参照)。  なお、関西学院大学では、従来、「身体障害を持つ学生の受け入れに関する基本方針(1983)」が定められていたが、この方針の基本は「本人の自助努力と大学の側面支援」であり、障がいを持つ学生に対して制度的な授業保証を提供するものではなかった。したがって、総合政策学部としては制度的な裏付けを持たないまま、試行錯誤の形で学習支援に着手した形となった。ここであらためて総括すると、(障がい者にとどまらず)こうした学習支援等の問題に対しては、環境問題での“予防原則”、あるいは企業経営での“リスク・マネージメント”に準拠するような「起こりえる最悪の事態を想定して、どのような問題が生じて対処できるように、事前に配慮する」必要があるように思われる(佐野・吉原、2004も参照)。  さて、2003年度に当該の学生が入学すると、高等学校まで用いてきた口話法では、講義をフォローできないことがすぐに明らかになった。まず、大教室での講義は、高校までの教科書主体の教育法と全く異なる。また、講義法についても、当時は、障がい者への配慮が十分とは言えなかった。さらに、演習等では、とくに不特定多数の者が(しばしば同時発話するような)ディスカッションにおいて、視覚に依存する口話法では情報把握が困難なことは明白であった(佐野・吉原、2004等も参照)。コンピュータ演習においても、講師の発声によるインストラクションと、視覚による画面の読みとりを同時におこなうことを暗黙の条件としており、何らかの支援なしには口話法では齟齬をきたすことがわかった。こうした状況は、学生本人あるいはその家族に多大な負担をかけるものであった。  2003年度には、とりあえず、必修の講義に何らかの支援をおこなうことを決め、授業の一部に無償ボランテイアおよびTA(Teaching Assistant)制度等による学習支援を試行した。この際に手配した主な学習支援は以下のとおりである。   (1)PCノートテイク(パソコン入力によるノートテイク)   @日本語による講義(キリスト教学、基礎演習T)   A英語による講義(英語学概論A、etc) (2)コンピュータ演習:学部学生によるStudent Assistantを個別に配置 (3)音声認識ソフトによる支援:実験的試みとして、IBM社製の音声認識ソフト(ViaVoice Ver.10)によって講義内容をリアルタイムでスクリーンに映写した。さらに講義後、テキスtoファイルを修正の上、講義録として学生に提供した。下は、2004年度春学期に開講した「ヒューマン・エコロジー入門A」での実例である。 「(音声認識ソフトによる変換、原文のまま)もうひとつは貿易や金融などのー。グローバリズムが進展することによって否応なしに他の文化とを付き合うことを余儀なくされるわけあるいはアフリカのいくつかの効果はこれまで触れてきましたけれどもそれにやアジアではインドネシアなどは国家の存在自体が多民族あるいは多文化共存を追うそもそも前提にしているわけで....」 「(講義後、修正の上で渡したファイルでの同一部分)もう一つは、貿易や金融などのグローバリズムが進展することで、否応なしに他文化と付き合うことを余儀なくされる。さらに、(すでに前の講義で触れたように)アフリカのいくつかの国家、あるいはアジアではインドネシアなどは、国家の存在自体が多民族、あるいは多文化共存を前提にしている」  当時のソフトでは、とくに句読点機能が整っておらず、実際の授業で運用する際には、かなりの問題が残った。現在試行している別の音声認識ソフト(ドラゴンスピーチ7)では、かなり改善されており、今後の活用に期待できるかもしれない。  なお、支援形式について、大学ごとに名称が異なる場合もあるので、本稿で用いている「PCノートテイク」という作業について少し説明したい。総合政策学部が2004〜2005年度に実施している方法は、@パソコン入力では、できるだけ全文筆記を近い形を目標とする(ただし、IPtalk[後述]等のソフトは用いていない);A @でカバーしきれない部分を、手書きによる要約筆記で補う;Bしたがって、サポートチームを3名(PCノートテイク2名、要約筆記1名)で構成している。  U−2 2004年度  2003年度終了時に、これまでの受け入れ状況を総括した結果、総合政策学部が重視している情報教育を活かす点においても、PCノートテイク(上記参照)による学習支援が適当と思われた。さらに、既にこうした学習支援を採用している大学等で指摘されてきたことでもあるが(同志社大学学生課、2004等)、スキルの習得と業務上の規則(守秘義務)等から無償ボランテイアでは限界があり、有償化が必須であるとの結論に至った。また、全体を統括するコーディネート・システムの整備も必要であることがあきらかになった。  このため、2004年度春学期にノートテイカーの養成等を含めて、教務上の様々な整備をおこない、2004年秋学期から本格的な運用を開始した。この年度の主な作業は、以下のようにまとめられる。   (1)学生ボランティア育成を目的とした要約筆記講座の開講:講師には、学外の三田市福祉協議会より要約筆記のボランティア団体である三田サマリーに依頼して、約20名の学生が履修した。 (2)秋学期から、ノートテイカーを募集して、本格的な学習支援に着手した。 (3)学習支援法や人権教育との連携についての研究も含めて、総合政策学部内にユニバーサルデザイン教育センターを開設して、実践と教育活動をおこなう。  なお、対象とする学生が手話を用いなかったため、学習支援において手話通訳は考慮しなかった。ただし、2005年度秋学期から、要約筆記講座にくわえて「手話入門」の講義も開始する予定である。   U−3 学習支援を“総合政策”として位置づける    ここまで2003-2004年度の経緯を説明したが、少し視点を変えて、我々の経験をベースに、“総合政策”という視点から、「聴覚障がいを持つ学生に対して、どのように支援体制を整えるか?」 あるいは、「教職員はそれぞれの専門分野を踏まえて、現実の問題解決にどのように取り組むことが期待できるか?」というテーマについて考えてみたい。まず、問題を整理するため、環境問題について階層的なアプローチが必要であると指摘する気候学者の住明正[1993: 129-130]にならって、自然科学、応用科学、社会科学(法、政治、経済、社会)、哲学(価値観・倫理)の4つのレベルから分析を進めてみよう。 (1)自然科学のレベル:このレベルでは、まず聴覚障害についての医学的なメカニズムやその治療法等があげられるだろう(図1)。聴覚の仕組みは非常に複雑で、その障害の原因、あるいは程度も様々に分かれるようである(佐藤、1985)。原因については、@伝音性難聴(外耳、中耳の障害で、音をある程度大きくすると聞こえる場合がある。また、骨伝導による聴力は正常である)、A感音性難聴(このタイプはさらに内耳性難聴と後迷路性難聴に大別される)、B@とAの両者の特徴を有する混合性難聴)に大別されるが、それぞれに治療法、補聴器等による効果等が異なるという。  さらに、“コミュニケーション科学”という視点からは、先ほど触れた音声認識ソフトが良い例だが、日本語の発音、音韻・文法構造、単語の連関性等について基礎的研究なしには、正確な音声認識は不可能である。また、コミュニケーションの媒体の物理的性質を考えれば、視覚コミュニケーションに依存する口話法では、その媒体=光の直進性によって、同時に複数の発言に対応できないことは容易に想像できるだろう。 (2)応用科学のレベル:(聴覚に限らず)障がい者の方へのサポートを意図した情報機器やソフトの開発が挙げられる。例えば、複数のサポーターによるPCノートテイク入力が可能なフリーソフト、IPtalk(http://iptalk.hp.infoseek.co.jp/)等がその好例である。また、音声認識ソフト等の開発、あるいは運用方法の研究もあげられる。特に、近年の情報技術の進歩は、大量なデジタルデータを(入力さえすれば)各種の支援機器で共有することが可能にしており、学習支援用教材のファイルの共用化・アーカイブ化等も含めて、応用の範囲が広いと思われる。    同時に、教育法についても検討、改善すべき課題が数多いように思われる。例えば、English Communicationのような授業では、Listening等の場合、ノートテイクの位置づけは難しい(佐野[藤田]・吉原、2004にも同様の指摘がある)。口話に対応するものとしてlip-readingも必要となってくるだろう。このあたりは、授業の形式・目的・性格等によって多様になるはずで、今後、さらに検討を進めていかねばならない課題である。    (3)社会科学(法、経済、社会、政策)のレベル:ここでは、学習支援についての制度的枠組み作りにかかわる問題が取り上げられる。まず、どの大学でも問題となるのは、学習支援システムをどこまで公的なものとして整備するか、という制度的枠組みである(佐野・西原、2004)。例えば、一定数の障がいを持つ学生が毎年継続して入学する大学では担当部署を設置している例もあるが、「何年かに一度、1〜数名の聴覚障がい学生が在籍するだけの場合、大学独自で支援体制を作ることには困難が多い。複数の大学がグループを作って対応したり、学外の専門的な機関からのノウハウや人材の提供を受けるといった新たな体制が必要になる」(日本の聴覚障害教育構想プロジェクト、2004、文章の一部を改変)。  さらに、もう一つの問題として経費についての財政的裏付けがある。現実のものとしては私立大学経常費補助金特別補助等があげられるが、詳しい点については各大学によって対応/位置づけが異なるようである(同志社大学学生課、2004;立教大学身体しょうがいしゃ(学生・教職員)支援ネットワーク、2005等を参照されたい)。なお、こうした経費の費用便益判断について、これまでの経緯を踏まえて私見を述べれば、これらの活動がFDの発展に貢献する可能性、あるいは目に見える形でのボランティア活動が広く教育効果を持つ可能性等を考慮すれば、たんに対象学生に対する費用対効果を超えた利益を、大学ならびにそのステークホルダー(利害関係者;教員、職員、学生)にもたらすものと考えるべきではないかと思われる。    その一方で、法的なレベルも考慮の対象となろう。障がいを持つ人への教育保障については、海外では早くから法的整備が進んでいる(安藤、2001)。例えば、アメリカ合衆国では1990年にADA(Americans with Disability Act;障がいを持つアメリカ人法)を施行して、教育における障がい者への差別が法的に禁じられている(関根、2004)。イギリスでもDDA(Disability Discrimination Act;障がい者差別禁止法)に教育に関する条項が追加され、アメリカ合衆国とほぼ同じ状況になっている(Newell, 2004)。また、現実の学習支援において情報管理(例えば、ノートテイカー等の守秘義務)や、関連するルール・倫理面の整備も必要になってくる。 (4)哲学(価値観・倫理等)のレベル:広島大学で“高等教育のユニバーサルデザイン化”に取り組んでいる佐野(藤田)・吉原ら(2004)は、具体的な活動として@施設・設備等の物理的バリア、A制度上の社会的バリア、B意識の中の心理的バリア、そしてC情報取得のバリア等の除去をあげながら、さらに重要なのは「障がいの有無にかかわらず、すべての学生が平等、公平、かつ快適に学び合い、競い合い、助け合える修学環境を作り出すことである」と指摘している。つまり、障がいを持たない学生にとっても「こうした大学環境こそが、本来のあるべき大学(さらには大学外の一般社会)の姿である」という自覚を持たせ、「そうした環境を良いものとする価値観を確立する」ことが究極のテーマにほかならない。      こうした階層的な問題整理によって、それぞれの教員も自らの専門にあわせて、本課題に対処することが可能になるだろう。同時に、学生も含めて、これらがすぐれて“総合政策”的課題であること、さらに理論と実践を体験できる機会にほかならないことを自覚することが望ましい。このように考えれば、「高等教育のユニバーサルデザイン化」という課題は、たんに視聴覚や機能に障がいを持つ学生に対する個別的問題にとどまらず、大学と学生、あるいは社会との関わりもカバーする大きな課題になってくる。もちろん、こうした議論はこの小論の範疇を遙かに超えるものであるため、ここでは単に指摘するにとどめて、詳しい議論はまたほかの機会に譲ることにしたい。   V.考察 V―1.他大学での状況  佐野(藤田)・吉原(2004)は、高等教育のユニバーサルデザイン化について「すべての人間がその能力に応じて等しく教育を受ける機会を保障するために、多様な学生を受け入れ、誰にとっても学びやすい情報、および物理的・社会(制度)的・心理的なバリアフリーの就学環境を構築する」としている。こうした高等教育における授業保障は、現在、日本の大学においても、急速な流れとなっているようだ。この流れの動機の一つが、先述したような「大学環境のあるべき姿」あるいは「人権意識に基づいた改革」にもとづくものであれば、まことに望ましい傾向であると言えるだろう。ここでは、参考のために、これまで入手した資料やヒヤリングした結果に基づいて、他大学の状況を紹介しよう。 (1)同志社大学:1975年度以降、教務課に点訳担当者を配置、1986〜98年に視覚障がい者用PC機器等を整備、2000年から「障がい学生支援制度」をスタートさせたが、制度的な問題が整備されないままであった(例えば、ボランティアは登録制度のみで、養成やコーディネート等は整備されていなかった)。2003年度、支援制度の抜本的な見直しをおこない、有償ボランティア(アシスタントスタッフ)制度を整備した(秋山・亀井、2004)。有償支援としてノートテイカー(手書きの要約筆記)、パソコン通訳(IPtalkを用いたPCノートテイク)、手話通訳、ならびにそのコーディネート、無償ボランティアとして、ビデオ字幕付け、ガイドヘルプ、朗読、テキストファイル文字校正、代筆・代読等がある(同志社大学学生課、2004)。2003年度秋学期のアシスタントスタッフ数は、ノートテイクが41名(うち学外3名)、パソコン通訳26名(同18名)、手話通訳11名(同11名)となっている。   (2)立教大学:1994年、事務組織を中心に「身体しょうがいしゃ支援ネットワーク」が発足。入学試験から就職活動・卒業までをカバーしている。主な支援は、@点訳補助(外部機関への取り次ぎ)、A対面朗読、Bノートテイク(要約筆記)、Cパソコン通訳、D四肢障がい者のための移動介助、Eその他(e-learning等)があげられる。 (3)広島大学:1997年の教養的教育の全学実施にともなう改革の一環として、障がい学生支援が本格化した。さらに、全盲・高度難聴の学生が同時に入学したのを契機に、2000年より入学前から卒業にいたる全学的支援システムを構築した(佐野・吉原、2004)。2003年度現在、14名の学生・院生が学習支援を受けている(視覚障がい6名、聴覚障がい4名、運動機能障がい4名、学部・大学院生総数15,000人の0.2%)。広島大学のシステムの特徴は、@情報の提供・交換のネットワーク、Aリスク・マネージメント(とくに早めの準備を心がけるタイム・マネージメント)、B学部間をまたがるチームワークシステムの存在である。この体制は時系列的には、ステップ1期(基盤形成)が1997〜2001年、ステップ2期(標準化)に2000〜2003年、そしてステップ3期(普及・拡充)が2003年度以降ときわめて長期的な経緯を経て構築されてきたものである。これらの活動ならびにボランティア学生の育成の拠点としては、総合科学部に「ボランティア活動室」が設けられ、システム全体の運営のコアとなっているようである。  各大学の対応を概観すると、いくつかの傾向が存在するようだ。まず、規模が大きい総合大学では学部間の壁が高く、学習支援活動のネックになるきらいがある。また、キャンパスが複数に分かれている場合も、円滑な運営に支障をきたすことがある。これに対して、小規模校においては、トップ・マネージメントの判断で迅速な対応ができたと思われるケースもあった(大阪女学院短期大学でのヒヤリング)。さらに立地条件(都心部にある大学だと、学外からのボランティアを受け入れやすい)、内部条件(障がい者教育等をカバーする部局、あるいは教員が存在する)等によって様々な状況に分かれるようだ。なお、現在、一般社会からみた大学への評価は急速に変化しつつあるが(例えば、古沢、2001;読売新聞大阪本社、2003等)、こうした“学習支援”が外部評価基準の一つとして取り上げられるような状況になっていくことも予想される。  同志社大学や広島大学の例では、全学的保障システムの整備について、@システム・人員・機材・財政的基盤と同時に、Aシステム全体を動かすコーディネート・システムが重要であることを示している。とくに、広島大学は積極的にユニバーサルデザイン化を進めているが、その中心として、教養的教育を担当している総合科学部に「ボランティア活動室」を設置して、全体を統括するシステムを構築している。日本の大学教育からいったん排除されかけた「教養系課程」が、こうした運用システムのコアとして働いていることは、大学の教学システムの今後を見直す意味でも重要かもしれない。   V―2.総合政策学部における学習支援の問題点やコスト/期待されるベネフィット  2005年度現在、総合政策学部には聴覚障がいを持つ学生2名、視覚障害を持つ学生1名が、制度的な学習支援の対象となっている。とくに聴覚障がいの学生については、2004年度秋学期のノートテイク・システムの本格運用にともない、多くの課題が浮上してきている。主なものは以下のとおりである。 (1) サポートを受ける学生とボランティア・スタッフ間のコーディネートには多大な時間と手間がかかり、専門スタッフが必要である。 (2) ボランティア・スタッフも学年が進行すると卒業・就職活動等で活動できなくなる者が多い。このため、スタッフ確保のシステムの整備や、サポートスキルの蓄積・伝承のシステムを整備する必要がある。 (3) 授業の種類ごとに、異なるサポートが要求されることが明らかになった。とくに、基礎演習や研究演習等のディスカッションでは、複数の発話がかわされるため、通常のスタイルでは対応しきれない。このように、授業内容と障がいの種類・程度にあわせてきめ細かな対応が必要と思われる。したがって、全学的なシステム整備も重要だが、同時に個々の障がい学生の実情に対応したサポートの手配をおこなう体制作りも欠かすことはできず、大学=学部相互のデュアル・システムの円滑な運用が必要である。また、使用した教材等をアーカイブ化して、大学内で共通に再利用できるようなシステム作りも今後必要になってくると思われる。  これらの諸問題は、先行する他大学(愛媛大学、四国学院大学、仙台大学、長野大学、日本福祉大学)等とほぼ共通する(日本学生支援機構、2004)。その一方で、“学習支援”が、大学に関与する様々なステークホルダー(教員、職員、学生等)にもたらす効果として、以下のような緒項目があげられる。   (1)障がい学生への対応の結果、一般学生に対するFD自体も向上すること等、波及効果は意外に大きいものがあると考えられる。ハンディキャップを有する者にも理解できる講義内容・教材の準備・使用機器の改善は、障がいを持たない学生にとっても、その理解を十分に助けるものとなるだろう。 (2)情報機器の活用・開発等の面において、情報系教育の活性化につながる。理工学部・他大学との共同研究も考えられる。このように、研究・教育方法の開発という面から、潜在的な価値が大きい。 (3)人権教育、キリスト教主義教育の見地からも、ユニバーサル化を進めることは活きた教材となりうる。障がい者に対する授業支援体制の整備にとどまらず、「人と人との共生」を教育理念として掲げる総合政策学部として、支援体制自体を包括的な人権教育の一環として位置づけることを目標としたい。 (4)すでに指摘したように、現在、高等教育では“ユニバーサルデザイン化”が急速に進行して、スタンダード化しつつある。今後、外部評価の基準の一つになる可能性も踏まえて、こうした事態にむしろ積極的に対応すべき時期に来ているものと思われる。  ユニバーサルデザイン教育研究センターとしては、上記のような課題について取り組むとともに、大学とそこに関わるステークホルダー(教員、職員、学生)のベネフィットを向上させることを最終的な目標として、引き続き活動を続けていく予定である。 謝辞:ユニバーサルデザイン教育研究センターの活動については、2004年度、2005年度関西学院大学共同研究(一般研究B)「聴覚障害者に対する学習支援体制に関する研究」による補助をいただいた。また、実際の活動において、総合政策学部の教職員の方々、また数多くの学生ボラインティアの方々にご協力いただいている。記して、感謝の意を表したい。 引用文献 秋山なみ・亀井信孝、2004『手話でいこう』ミネルヴァ書房。 安藤房治、2001『アメリカ障害児公教育保障史』風間書房。 同志社大学学生課、2004『障がい学生支援制度』『同スタッフ活動マニュアル』同志社大学。 古沢由紀子、2001『大学サバイバル』集英社。 京都精華大学教務課、2004『障がい学生支援の流れについて』京都精華大学。 Newell, A. F., 2004「英国の高等教育における障害のある学生の支援」佐野(藤田)眞理子・吉原正治(編)、2004『高等教育のユニバーサルデザイン化』大学教育出版、pp.139-146。 日本の聴覚障害教育構想プロジェクト、2004『日本の聴覚障害教育構想プロジェクト(中間報告)』 佐藤恒正、1985「難聴」『平凡社大百科事典』11:226、平凡社。 佐野(藤田)眞理子・吉原正治(編)、2004『高等教育のユニバーサルデザイン化』大学教育出版。 関根千佳、2004「障害のある学生の受け入れに関する制度の国際比較」佐野(藤田)眞理子・吉原正治(編)、2004『高等教育のユニバーサルデザイン化』大学教育出版、pp.147-156。 白澤麻弓・徳田克己、2002『聴覚障害学生サポートガイドブック』日本医療企画。 住明正、1993『地球の気候はどう決まるか?』岩波書店。 吉川あゆみ・大田晴康・広田典子・白澤麻弓、2001『大学ノートテイク入門』人間社。 立教大学身体しょうがいしゃ(学生・教職員)支援ネットワーク、2005『教職員のための身体しょうがい学生支援ガイドブック』立教大学。 読売新聞大阪本社編、2003『大学大競争』中央公論新社。 ホームページ 国立大学協会第3常置委員会、2001『国立大学における身体に障害を有する者への支援等に関する実態調査報告書』(www.kokudaikyo.gr.jp/active/txt6-2/h13_6.html) 日本学生支援機構、2004『ノートテイクによる授業保障』(http://www.jassp.go.jp/tokubetsu_shien/notetake.html) ?? ?? ?? ?? 障がい学生への学習支援 1