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商品貨幣から名目貨幣へ


物々交換の世界
 人類も最初は、一人の生産力が自分一人が生きるのにぎりぎり一杯分しかない状況のもとで、自給自足していたと考えられます。生産力の増大に伴って余剰生産物が生まれ、それらの余剰生産物を交換することによって、経済的にさらに豊かになっていったと考えられます。穀物の栽培という新しい生産方法の発見によって、人々にそれまで見えなかった文明というものが見えるようになったのだと最初に言ったのは誰だったのでしょうか。(小松左京『春の軍隊』(新潮文庫、1979年)に所収の短編「オフー」を読んでみてください。)
 物々交換にもさまざまな形態があります。ある地域では、交換成立までに複雑な過程を踏みます。まず一方が交換したいもの(たとえば肉)を定められた場所に置き、自分はそこから離れます。相手方はそれと交換に渡すもの(たとえばバナナ)をその横に置き、やはりそこから離れます。最初の人が、その交換を受け入れれば、相手が置いていったもの(バナナ)を持って行きます。それを確認した相手は、最初の財(肉)を持って行き、交換が完了します。このような取引の形態は昔はいたる所で見られたのでしょう。



ムブティの物々交換取引(高畑由起夫氏提供)

ムブティの男性(同上)


物々交換の経済から貨幣経済へ
 物々交換がなかなか成立しにくいということを、金融論では「欲求の二重の一致(double coincidence of wants)」という言葉を使って説明します。自分が欲しい財を持っている人が自分の持っているものをほしがってくれなければ交換は成立しません。そのような欲求の二重の一致はなかなか困難です。
 そのような交換を円滑に行うための工夫として「市(いち)」や「貨幣」が生まれてきます。集まる時間と場所を決めて多くの人が集まるような「市(いち)」は、多くの人が集まれば「欲求の二重の一致」が生ずる可能性が高くなると言う発想ですが、「貨幣」はそれとは異なる発想から生じています。
 「自分が欲しい財」が何であれ、自分の持っているものをその「自分が欲しい財」と交換しようとするよりも、さしあたりそれを「人に受け取ってもらいやすい財」に換えてから、「自分の欲しい財」を持っている人を探す方が結局は早いということが理解されてきます。このような「人に受け取ってもらいやすい財」が、さまざまな交換においてその片方の財としてあらわれるようになれば、このような交換は、もはや物々交換ではなく、売買であり、そのような交換を媒介する財は貨幣となったと考えられます。
 そのような財は、ある地域では家畜であったでしょうし、また別の地域では穀物であったでしょう。古代中国では貝が貨幣として使われていたことがあると言うことは、国語の時間に漢字の成り立ちを学んだときに聞いた人が多いかもしれません。



貝貨(ばいか)

貴金属への収斂
 しかし、このようにさまざまな財が貨幣として使われていましたが、多くの国でそれらの財から貴金属、すなわち金貨、銀貨、銅貨へと代わってゆきました。貴金属の持つ特徴が貨幣として使うのに好都合であったからだと考えられます。そのような貨幣に必要な性質として、耐久性、需給の安定性、同質性、分割可能性、運搬可能性などがあげられます。
 ただ貴金属を貨幣として使う場合に問題になるのは純度です。アルキメデスの逸話を見るまでもなく、金の純度を落とすことによって、同じ重さの金製品を安く作ることが可能です。
 聖書の一番最初にある「創世記」の中に、アブラハムが妻のために墓地を買うという記事があります(第23章)。その中に「そこでアブラハムはエフロンの言葉にしたがい、エフロンがヘテの人々の聞いているところで言った銀、すなわち商人の通用銀四百シケルを量ってエフロンに与えた。」(16節)という文章がありますが、「商人の通用銀」という言葉は、明らかに純度を指定していると考えられます(ちなみに現在のイスラエルのお金の単位もシェケルですが、ここでは重さの単位です。)。この記事がいつ頃の事情を反映しているかということは限定しにくいのですが(アブラハムの生きていた時代は紀元前2000年頃ですが、書かれた時代は紀元前500年頃と考えられるので)、少なくとも今から2500年以上も前に貴金属の純度に関する基準があったと言うことが可能だと思います。
 このような純度を保証するものとして刻印が打たれます。スターリングという言葉は純度92.5%の銀を意味しますが、その呼称はその純度を表す刻印の形から来ていると言われます。そのような刻印が純度のみならず、重さをも保証するようになったときに鋳貨が生まれました。
 



世界最初のコイン
紀元前500年頃
リディアのエレクトロン貨(金銀の合金)



古代ローマの銀貨デナリウス
ティベリウス帝の刻印









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