◆聴覚障害について
「聴覚障害」には、両耳100dB以上の最重度の聴覚障がい者の方から、高度難聴者(100〜70dB)、そして軽度難聴者まで様々な段階の方が含まれています(下の表を参照)。また、音声言語を覚える前に失聴された方もいらっしゃれば、成長後聴覚を失った中途失聴者の方もおられます。
軽度難聴 | 30〜50dB | 一対一の会話には不自由しない、会議の場では聞き取りが少し困難 |
中等度難聴 | 50〜70dB | 会議の場での聞き取りが困難になる。1mくらい離れた大きな声はわかる |
重度難聴 | 70〜100dB | 40cm以上離れると会話語がわからない。耳に接しないと会話語が理解できない |
ろう | 100dB〜 | 会話語がまったく分からない(音声情報をまったく得ることができない) |
障害の原因は多様です(詳しくは日本学生支援機構のHP等をご覧下さい)。とくに聴覚障害の原因については、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)が初心者の方にもわかりやすく支援方法等を説明したPDF資料「TipSheet『聴覚障害』」を作成しています。このホームページでは、PEPNet-Japanのご好意によりご提供いただき、Tipsheet集として掲載しておりますので、そちらをご覧下さい。
一方、障害を補う手段も様々です。厚生労働省の調査では、聴覚障がい者の79%の方が補聴器を、25%の方が筆談・要約筆記を、15%の方が手話・手話通訳を、6%の方が読話をコミュニケーションの手段として使っているそうです(詳しいことは上記の日本聴覚障害が育成高等教育支援ネットワークのTipsheet集から『聴覚障害教育におけるコミュニケーション方法』[PDF資料]をご覧下さい)。なお、このアンケートは複数回答が可のため、答えの合計が100%を超えている点にご注意下さい。
◆大学の講義と聴覚障がい
一方、大学の講義等では、読話と発話を中心とした「口話法」では対応できず、聴覚障がいの方にはノートテイク、あるいは手話通訳が必要との指摘が一般的です。さらに、日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)TipSheet『高等教育における聴覚障害学生支援』(PDF資料)では、さらに以下のような問題点があると指摘しています。
(1)友達との会話に入れない:新しい友人と出会い、人間関係を広げることも大学生活上非常に重要な要素となりますが、友人同士の些細な会話に入れず、仲間作りが難しいことがあります。
(2)討議についていけない:学年が上がるにつれ、学生相互の意見交換が重要になりますが、こうした討議への参加が困難になります。
(3)連絡や放送がわからない:口頭による試験や休講の連絡、校内放送の内容がわからず、予定の変更などに気づかないことがあります。
(4)連絡が取れない:メールの普及によってかなり状況は改善されてきましたが、電話による音声会話が困難なため、間接的コミュニケーションによる連絡には不便さが残ります。
(5)非常時の情報が得られない:非常ベルの音や避難に関する情報が伝わらず、逃げ遅れたり危険にさらされたりすることがあります。
こうした状況を踏まえて、総合政策学部では、以下に述べるPCノートテイクを中心とした学習支援をしています(KSCでは、現在のところ、手話によるサポート[手話通訳]はおこなっていません)。
最後に、ノートテイクは聴覚障がいの方だけでなく、四肢の機能が充分ではない方にも適応されます。その場合は、その方の状況に応じて、以下に述べる現行のやり方を適宜モディファイして対応することになります。
◆ノートテイクの現場
左下の図は、実際にノートテイクをしている現場の写真です。現在、KSCでは、PCノートテイクを、(1)PC入力2名、(2)手書きサポート1名の3名のチームで行っています(右下図)。
参考)こちらのページで、実際のノートテイクの現場をビデオでご覧になれます(ビデオの前半のPart 1;Part 2は字幕入れ、Part3は点訳を紹介しています)。
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PCノートテイクは、(1)手書きに比べて多くの情報をリアルタイムで伝える(筆記は毎分約70文字、PCは毎分100〜180文字)、(2)情報をコンパクトな媒体に記録できる、かつ(3)情報を容易に加工できます。したがって、PC入力の理想的な目標は「余分な部分や雑談も含めた全文筆記」です。これは聴覚に障がいがある方は、授業内容だけではなく、「他の人がなぜ、ここで笑ったのか?」等の付加的情報も把握できないからです。
KSCでは現在、マイクロソフト社製のWord2007と辞書機能にジャストシステム社製のATOK for Windowsを使用しています。詳しくはPCノートテイク・マニュアルを見て下さい。
⇒ それでは、どの程度の情報がノートテイクで伝わるのでしょうか?
参考1)日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)TipSheet『パソコンノートテイクその特徴と活用』(PDF資料)
参考2)日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)TipSheet『入学当初のサポート』(PDF資料)
一方、PCによるサポートだけでは、必ずしも充分とは言えません。下図は「なぜ、PCノートテイクと手書きサポートを併用しているのか?」を説明するため、利用学生の視線の動きを解説した図です。
利用学生は視覚にのみ頼っているため、その視線は講師(の口)、板書、モニター、自分のノート等の間で揺れ動きます。したがって、情報が完全に伝わらないかもしれません。例えば、モニター画面のみに集中すると、レジュメや板書と見比べるのは困難です。また、モニターの画面では、図表や数学の式に関する情報が伝わりにくいことも否定できません。
このため、そうした欠点を補うために、手書きサポートが併用されているのです。この場合、筆記担当者は「要約」的な情報提供を心がけることになります。
なお、詳細は手書きサポートニュアルやメモ実例集を見て下さい。
参考)日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク(PEPNet-Japan)TipSheet『手書きノートテイクその特徴と活用』(PDF資料)
学習支援にはいくつかマネジメント上の注意点があります。その主なものの一つはデータ管理、そしてもう一つは守秘義務です。
授業内容は当然、教員の著作権の対象です。また、データを利用学生以外の学生が入手することは厳禁です。現在は、PCに入力された通訳データについては、(同時履修者の場合を除き)自分/他の学生用にコピーすることは禁じられています。授業終了後、データは所定のフォルダーに保存した後、利用学生に対しては個人のUSBフラッシュメモリー等にコピーすることにしています。また、手書き要約筆記でのメモ紙については、利用学生が希望する場合は渡して、それ以外は破棄します。
さらに、当然のことですが、ノートテイカーは、医師やカウンセラーと同様、個人情報保護法の精神に乗っ取り、職業上知り得た情報を第3者に漏らしてはいけないという守秘義務が課せられています。とくに、利用学生のプライバシーにかかわることは、第3者に伝えることは厳禁です。
詳しくはPCノートテイク・マニュアルを見て下さい。
◆ノートテイクで対応しきれない授業
いくつかの授業形式では、PCノートテイクでも対応できないケースがでてきます。
1.英語Communication等の対話型の英語の授業では、英語をタイプできるサポーターの数が非常に限られることもあり、対応は難しいものがあります。
2.英語で行われる講義:1ほどではありませんが、やはり英語をタイプできる学生スタッフは少なく、対応は困難です。
3.ゼミ・演習:不特定多数が発話するようなシチュエーションはノートテイクが難しく、かつ、聴覚に障がいがある学生が自ら発話する機会を作ることは、かなり困難です。ゼミの場合、(1)全員が手話を覚えて、手話でゼミをおこなう。(2)PCを使って、チャットのような形で意志を伝えあう、という形式がかろうじて可能かもしれません。